名前にまつわるあれこれ

「外国」という単語をきけば「西洋」がぼんやりイメージされます。
大人になるに従って、中国も韓国も地理的には近くても「外国」だ、ということを認識していますが、それでもなお今「外国」と聞くと脊髄反射のように思い起こさせられるのは「西洋」のようです。

小さい頃、TVの洋画劇場でもかかるのはアメリカ映画がほとんどで、自分のいる世界と明らかに違う世界を「外国」と認識して、TVの中の背が高くて足が長くて鼻の高い「ガイジンさん」を憧れのまなざしでみつめていました。

そのうちに洋楽が好きになり、洋楽雑誌を一生懸命みたりしていました。
外国のなにもかもが憧れで、「ガイジンさんの顔かたちはかっこええなー」「ガイジンさんの髪や目の色かっこええなー」「ガイジンさんは英語しゃべっててかっこええなー」…こどもの感性です。

そんなこどもっぽい憧れの中に「ガイジンさんの名前かっこええなー」というのもありました。名前と苗字がひっくり返ってるし。なにより音の響きが素敵です(と、こどもの頃は無根拠にそう思っていた)。
ジョンとか、ジェニファーとかクリストファーとか。
洋楽が好きになり始めたとき、まず、おこなったのが、「好きなアーティストの名前の記憶」です。
好きなものを覚えたい。しかも日本語じゃないその響きを自分のものにしたいとでも思ったのでしょうか。毎晩布団にはいると眠る前に自分が知っているアーティストの名前を頭の中で読み上げていき、「ああこんなに覚えた」と満足して眠りについたのです。
名前にはなんらかの魅力があるんでしょうね。

そんな名前の力といえば『クリスタル☆ドラゴン』というコミックがすぐに連想されるのです。
『クリスタル☆ドラゴン』はあしべゆうほ氏が描いているマンガで自分がその存在に気づいて読み始めた時点で既に結構話が進んでいたのに、未だに完結してない長大なファンタジーです。(作者のペースがかなりのゆっくり故でもありますが・・・)
あしべゆうほ氏は『悪魔の花嫁』というこれまた完結していないマンガがあり、これも面白いのですが、今日は『クリスタル☆ドラゴン』です。
『クリスタル☆ドラゴン』はケルトの伝説や口承文学などがベースになったファンタジーです。ドルイダス(女魔法使い)であるアリアンロッドが闇の強大な力を得て世界を征服しようとしている族長に対決するために、杖を求めてありとあらゆる試練を経て旅をするお話です。
さて、この主人公「アリアンロッド」は「仮の名」なのです。「真実の名」は幼い頃に高貴な旅の者に与えられています。ただし、この「真実の名」はみだりに口にしてはならない。「真実の名」を誰かに知られることは、相手に支配されることを意味します。
これにも憧れましたね。「真実の名」ってなんかかっこいい!
マンガの中にでてきた風の神の真実の名前「パラルダ」とか炎の神サラマンダーの真実の名「ジィン」とかなぜか覚えてる。
その名をこの自分が口にしても、風や炎が操れたらいいのに!・・・こどもの妄想です。はい。
真実の名前って、「ほんとうの自分」幻想に通じるのかもしれない。昔から人間は自分の意識しないレベルで今の自分とは違う、ほんとうの自分がいる、と考えていたのでしょうか。フロイト以前に「無意識」というレベルのことをわかっていたのでしょうか。

かように「名前」の持つなんらかの引き寄せられるような力に捉われて、聴きかじりはじめた洋楽のアーティストの名前や俳優の名前を覚えはじめた自分が、現実に触れることのできる名前で次に惹かれたのは“ミドルネーム”です。
 マイケル・J・フォックスって。・・・真ん中の“J”って。なに?
次に惹かれたのは、小さいC
 何、イアン・マッカロクって「Ian McCulloch」 って綴るの?ちいさいcと大きいCの連続!(エコー&ザバニーメンの音楽はほとんど聴いたことないのに、名前だけ覚えてる)
 そういやマクドナルドだって小さいcがあるぞ!
あとは音の響き
 カイル・マクラクランて、どんだけカ行とラ行なんだよー

名前の持つ呪術性は、きっと平安時代やもっとそれ以前から認識されていたと思います。歌を詠んだり、呪い殺したりするにも名前が必要だもんね!

でも最近では、自分は名前の呪術にそれほどとらわれなくなってきたような気がします。
お店にしても名前を変えて看板の架け替えをしても、中身が変わってなきゃダメだってことがわかっている。
名は体を現すような気もするけど、体がしっかりしてれば名も体のレベルに合わせて引き上げられることは多々ある。

だからかな、最近名前が覚えらんないのは。
なんて、言い訳ですね。

昔みたいに寝る前に名前を心の中で読み上げてみようか、覚えたい名前を。

こんなところで。