主演:蒼井優『ニライカナイからの手紙』

人が数人集まるとグループができ、グループができたら中心となる人やキーパーソンというかマスコットというかそういう存在が必ず現れます。
それは、複数の人間の関係性からうみ出されるものであって、ある人物はどのグループでも常に中心になるというわけではない。
でも、まれに居ますね、どこいってもキーパーソンになる人。(ポジティブな意味での中心人物に対して、常に周辺のポジションになる人もいますがそれは措いて。)

ポジティブな意味でキーになるような存在っていうのが、映画で何本も主演を演じたりする人なんかなー、と思います。
それぞれの役ごとに溶け込んで、なかなか個人として覚えられないほど役を演じきっている役者さんは、それはもうすばらしいと思いますが、どんな役をやっても、存在を主張する“顔”を持っている人もそれはすばらしい才能だと思います。

ニライカナイからの手紙』に主演した蒼井優ちゃん(2010年11月の今日現在、どうしてもちゃん付けしたくなる)もセンターになってしまう“顔”になる力がある人ですね。
教育テレビでやっていた頃の『トップ・ランナー』という番組に、彼女がこの映画の宣伝をするために出演していたのを見て、今は無きシネカノン神戸へ観にいってみました。客は自分をいれても5人くらいしかいなかったような気がします。

さて。沖縄が舞台のこの映画をみたときは、まだ蒼井優ちゃんのことはよく知らなかったので、まゆげが印象的な顔立ちな彼女をみて、「もしやこのこは沖縄出身か?」とちょっと思ったものです。
お母さんは事情があって別れて暮らさねばならないので、ちいさい優ちゃんを父(優ちゃんからみたら祖父)に預けて去る。干潮のときのみ現れるような白くて儚い夢のような砂浜でちいさい優ちゃんを抱きしめた後に去るお母さんの姿が印象的だった。自然の中ですくすく育つ子。でも母は迎えに来ない。ただ、一年に一度、会えない理由は伏せたまま、誕生日を祝う手紙が東京の消印で届くだけ。

優ちゃんは高校を卒業し、夢であるカメラマンになるために東京へ行く。カメラの仕事のアシスタントについてからも、失敗したりなにかとうまくいかなかったり。行き詰った頃合に沖縄から幼馴染がきてくれて、ほっこりしたり…女の子の成長物語は進むけどひとつのひっかかりが存在しつづける。
母の不在の理由。
毎年心のこもった手紙は届いてきた。優ちゃんの心配をしている。なのに会えない。会えない理由は隠されたまま。自分のオリジナルな写真を撮りたいという夢をかなえるべく努力し、一人前のカメラマンとなるため一歩ずつ進み、すこしずつ大人になる彼女は、一方で母を求め続けてる。手紙の消印の押されている東京の郵便局を探し当てる。でも、欠けたピースは埋まらない。そこが埋まらないと次に進めない。
そんな葛藤のピークで母の不在の謎を解く鍵をもってお祖父さんが沖縄からやってくる。

以下ネタバレがありますのでご承知おきを。

母は病を得て余命が長くないことを知り、お祖父さんに幼いわが子を預けにいく。そして、亡くなるまでの間に病院で手紙を書く。わが子の誕生日を祝う手紙。実際にその成長に立ち会うことができないことを知って、10歳の、18歳のわが子を想像して手紙を書き、東京のとある郵便局の局員に頼んで、一年に一枚、順次送るように依頼した。こどもにとって、こどもを愛してやまない母が存在し続けることを信じさせるために。

ここで、スクリーンを見ながら、マンガみたいな滂沱の涙を流し続けてしまいました。声がでそうなほど。後にも先にもあんなに映画をみて泣いたことは無いと思う。なんでだろ?なんであんなに泣いたんだろ?後々たまに考えてしまうほど。

映像はすこし粒子が粗いような画質でした。そのやさしい画質やら、幼馴染の男の子の朴訥とした顔やら(映画を観た後で調べたら、彼は山田洋二氏の映画に起用されてて、なぜだかものすごく納得した。)、優ちゃんのこの世ならぬちょっと妖精的なたたずまいやら、沖縄の木や海や砂浜、東京の公園の風景、祖父の厳しくも優しい存在感と母親の慈愛、すべてがあいまって心を揺さぶられた。
いま考えると、ありがちなストーリーだし、1年に1枚の手紙を残してなくなる母、というモチーフはほかにもあったような気がするし、すぐオチがわかってもおかしくなかったのになー。
でも観たときは、カンも働かなくて、最後のピースが埋まった瞬間、涙があふれてあふれてしかたなかった。

一番は「伝えたい」という母親の思い。ああ、こういう話から必ず思い起こすのは「断腸の思い」っていう中国の故事。子猿を人間によって引き離された母猿は、どこまでも子を追う。子に追いつくものの、亡くなりその腹を割くと悲しさのあまりはらわたが悲しみのあまりはらわたが引きちぎれていたという。

そういった思いの深さは物語を生むよ。
あと、お祖父さんの厳しくも優しい愛情も見逃せなかったです。

映画としては、地味で、斬新とはいいがたい。また、あざとさもあるかもしれない。でも、蒼井優ちゃんがそのもてる力をキラキラと輝かせきった瞬間がフィルムに焼き付けられていると思います。
これが彼女の単独初主演でした。

ちなみに、「ニライカナイ」とはwikiによると
 遥か遠い東(辰巳の方角)の海の彼方、または海の底、地の底にあるとされる異界。
 豊穣や生命の源であり、神界でもある。年初にはニライカナイから神がやってきて豊穣をもたらし、年末にまた帰るとされる。また、生者の魂もニライカナイより来て、死者の魂はニライカナイに去ると考えられている。琉球では死後7代して死者の魂は親族の守護神になるという考えが信仰されており、後生(ぐそー:あの世)であるニライカナイは、祖霊が守護神へと生まれ変わる場所、つまり祖霊神が生まれる場所でもあった。
そうです。

今ならタイトルだけでラストが分かってしまいそうな気がするし、今の自分がこの映画を初めて観たとしても、あれほど涙が出ないような気がする。この映画をみたタイミングが自分の人生か、生活かなんだか、…とにかく自分の中にあるなんらかの感情とリンクしたんだろうな。そんな幸せな出会いが続けば最高でしょうけど、日々がそんな連続だったら、生きていけないかもしれないな。感情が揺さぶられ続けて常に満腹状態だとかえってしんどい。なんでも緩急、波乱と平穏、緊張と緩和が大事、ってことか。ああなんか、いま数年ぶりで『平坦な戦場でぼくらが生き延びること』ってフレーズ思い出した。けど、今日は

こんなところで。

ニライカナイからの手紙』監督:熊澤尚人  主演:蒼井優 2005年(日本)
http://www.kinejun.jp/cinema/id/36635