ふたつのボタン同時押し

もはや2010年も終わろうとしております。平成ベビーたちがハタチを過ぎた昨今においても、技術革新によりあらゆるモノたちも姿や機能をバージョンアップさせ続けています。先日、友人の友達のこどもが、親がiPhone使いだもので、普通のケータイ見ても(ガラパゴスケータイ⇒ガラケー、と言うみたいですね。数年後には廃れそうな言い方だけど)の画面をタッチッスクリーンばりにこすったりタッチしたりしてたという話をきいて、自分の予想をはるかに超えたエピソードに慄然としてしまいました。いや、ダイヤル式電話なんて知らない、とか、ポケベルなんて地層のだいぶ深いとこにいっちゃった、とか和式トイレ知らない、などは予想の範囲内でしたけどね。いやはや、スマートフォン時代の到来を感じました。ひしひしと。ひしひし。
でもね、なんか物足りないですよ。タッチスクリーンはスマート。うん、たしかに。でも“操作した感”があまり得られない、指先の感覚がなにか足りない。…先日『ミクロの決死圏』観にいって、1966年製作のこの映画に描かれた“未来感”が懐かしくて。完全に意味がない感じで豆電球がやたら壁面にあってピカピカ光ってる。科学的ラボみたいなのはボタンやつまみだらけ。そう、ポチッと押すボタンがいっぱいなのですよ。確実は手ごたえのあるボタンが。
今のラジカセ(っていうの?カセットついてなくても)も、ほぼ平面なところにちょこっとだけ、ここ押すと再生ですよ、と区別するための申し訳程度ボタンがある。でも昔は違ったよね。そう、20世紀のラジオ+カセットプレーヤーのラジカセは。
自分の自由になるお金がほとんどないようなこども〜中学生くらいの頃は、ラジカセで好きな曲を録音するのが楽しみでした。トップ10番組みたいのをエアチェック!(エアチェックという言葉も20世紀の遺物か…ひょっとして)。今週くらいあの曲がエントリーするかも…あ、やっぱ8位に入ったよ、となるとカセットテープを用意。最初の数秒は磁気のない透明のテープ部分で録音できないから、あらかじめカセットの穴に鉛筆をいれてくるくる回す。磁気のところでぴったり止める。さ、邪魔なDJのおしゃべりはいらないよ。早くおしゃべり止めて(祈)、曲の冒頭がかかり始める、もうおしゃべりが入ってもしようがない、えい、と録音ボタンと再生ボタンを同時押し。ゆっくりとテープが回り録音スタート。うわー、1番でフェイドアウトでまたDJのおしゃべりぃ〜?(泣)、と停止ボタンをガチっと押す。ラジオはいったんOFFにして、テープをちょっと巻き戻して再生チェック。曲の終わり際のDJのおしゃべりと音楽のフェイドアウト具合のころあいを計って、いいとこで録音ボタン+再生ボタンをプッシュ、そして一時停止ボタンをすかさず押す。続いてラジオをON。さて、次に好きな曲がかかったら、一時停止ボタンを押す、そしたら録音開始がスムーズにできるさ。
…なにを詳細に書いてるんだろう、という気分になってきましたが、これらの過程がめちゃくちゃ楽しかったんですよね。書いてたらその楽しい気持ちを思い出してきた。その後はCD期、MD期(これも絶滅危惧種か…)を経ていまはi Podで、めちゃめちゃ便利!ですね。テクノロジーの進化はすばらしくって、後戻りしたいとは思いません。むかしはよかった、なんて文脈にすぐ回収されるのはイヤだし。でもあの“物質感”というか“手ごたえ”が懐かしいし、いざっていう非常時にはあのマニュアルな感じがものをいいそうな気はするんですよね。砂漠とかじゃ、ハードディスクすぐイカれてしまいそうだけど、ボタンのガッチリあるラジカセなら、なんとかなりそう。そういう帰れる場所があるって、そういう場所を確かに経験して知ってる、という感覚があるのが、ちょっと安心なんですよね。ノスタルジアって甘い蜜のように美味しいからついつい長く書いてしまう…。本日は、甘い日記になってしまいましたが、こんなところで。

ミクロの決死圏リチャード・フライシャー監督 スティーブン・ボイド主演
http://www.kinejun.jp/cinema/id/8704