虹を渡らない少年『ハロルドとモード』

今日観た映画の感想を今日書くということはできない人間なのですが、今日はどうしても記憶が鮮やかなうちに書きたいので記録に残します。
今日は神戸のアートヴィレッジセンターで昨日から6日間限定公開となった『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』を観にいってきました。全国を1本のフィルムが巡回して、ようやっと神戸にやってきたのを見逃すわけにはいかないという気分で。映画の基本情報は以下のとおり。
ハル・アシュビー監督によるこの作品は1971年に公開されました。ルース・ゴードン演じるもうすぐ80歳になる“モード”とバッド・コート演じる19歳の“ハロルド”の物語。父の遺産?のおかげか相当裕福な家に母と召使的人物と暮らすハロルドは自殺を演じるのと他人の葬式に参加することが唯一の趣味。そんなハロルドが同じく他人の葬式で顔を何度かみかけた老婦人モードと知り合う。車は平気で盗んだ上、めちゃめちゃな暴走運転するし、世の中の善悪のルールではなく自分内倫理が一番の行動基準である自由な人:モードと友達になることで、ハロルドはどんどん影響され変わっていく。ついにはハロルドはモードに恋をするのですが・・・
ググったところ、モードを演じたルース・ゴードンは公開された71年時点でも75歳くらいで、結構、役の年齢と近かったようです。ハロルド君は、少年ぽい童顔ながら、背ものっぽだし声も低いし、少年じゃなくて青年。でも精神的には全く大人になりきれていない、って意味では少年かもしれない、なにせ母のコントロール下に完全に置かれていて、自殺ごっこしたりすることで母の関心を買おうとしてるわけだから完全に母に依存していて且つ母によって自分の存在を確かめているわけだな。
71年といえばベトナム戦争真っ只中(北爆65年〜終戦75年)であり、ヒッピー第一世代の頃で、精神世界にも脚光があたった頃。そう考えるとしたり顔のサイコセラピストの登場も、戦争大好き叔父さんの登場も、それに反抗する無気力なハロルドの厭世的な態度も総合的にちょっとわかるような気がする。あと、母がお見合い相手をコンピュータであなたに合った人を探すところに頼むから、っていうのも当時の最先端だったのかなーなんて。
そんな虚無的、厭世的でありながら自分を実際に消したいとまで思わない、ふわふわしたハロルドを導くモードは、決して70年代ヒッピー的な生き方ではない。モードは次のようなことを言います。
・毎日は新しい毎日。毎日なにか新しいことをしていくんだ。
・死ぬのを演じるのは、生から逃げている。“L”を掴め!“I”を掴め!“V”を掴め!“E”を掴め!精一杯生を生きなきゃ、ゲームに参加しなきゃ、ゲーム後の喜びを分かち合えないよ。 (※うろおぼえにつき意訳が入ってると思います)
しわしわのどこからどう見ても立派な老女のモードがものっすごいパワフルにこのセリフを言うところで胸がものすごく熱くなりました。というか映画を観ていてモードのいる場面では相当、目の表面が水分増量状態でして・・・。みつあみのモード、かわいらしくて派手な服を迷い無く身に着けているモード、自分にとっての善を迷い無く実行するモード、歌うモード、ダンスするモード、ヌードモデルになるモード、車を暴走させるモード、誰にでもフレンドリーなモード・・・そりゃハロルドの目のうろこも落ちるわ。惹かれるわ、うん。手を焼いた母がハロルドを叔父さんのいる軍隊に預けようとして、それから逃れるためにハロルドとモードがうつ一芝居が最高!最高すぎる!もうこの頃にはハロルドはすっかりモードに夢中で、母の代わりにモードに依存している。だからずっと一緒にいたくて『ハロルドはモードを愛する』と刻印した指輪をモードに贈るが、モードは「モードもハロルドを愛しているわ」と言った後、指輪をポイっと海になげて「さ、これで無くさなくてすむわ」。スケールでかいよ、モード。かっこよすぎるわ、モード。
だからこそその後の展開も、モードが元から決めていた彼女の生き方のような気もするし、ハロルドを人間的にもうひとステップあがらせるための行動のような気もする。映画内つじつまとか細かいことを言うと完璧じゃあない。でも、ものすごく支持したくなるのはなぜなんだろう?それはモードが素敵すぎるから!
※ちょっと結末に触れます
モードが80歳の誕生日に薬を飲んで亡くなって、ハロルドは生の有限性と尊さ(こう書くと陳腐極まりないなー)を身を切られるような痛みをもって感じる。だから霊柩車仕様の愛車をガケからぽーんと暴走の挙句おっことす。一瞬後追い自殺したように映画的にはみせておいて、でも、モードに教えてもらったバンジョーを弾きながら、おっこちた車を見て去っていく。彼は生の尻尾を掴んで生きていけるんだなー、って思った。
追記:モードの腕には入れ墨があって、それの意味はナチの強制収容所で入れられた番号だと・・・そんな苛烈な過去があったことがわかるとまたちょっと感慨が深くなります。
※結末接触おわり
人が人に出会うことで物語は動くんだな。ただ単に歳を取るんじゃなくって、歳をとってあんなふうに人を動かすチャーミングな魅力があるような人になれたら、それって素敵やん。しかしハロルドは少年じゃないし、虹渡りみたいなファンタジーな展開もないし、謎な邦題だよ。虹は渡らなくても、青年はひとつの恋を経て成長したっていう、そんなお話。

バイクの二人乗りもこなすよ

70年代ファッションもよい感じです

AAAの西島くんと浅丘ルリ子さんで舞台にもなってたらしい。観ればよかった