説得力のある荒唐無稽『オーケストラ!』

大晦日に観た2本の映画のうち、2本目に観た『オーケストラ!』について今日は書いてみます。1年のおしまいの日、厳寒で雪がちらちらと舞う中、神戸にあるパルシネマという名画座が創立40周年記念で鑑賞料金500円だったので、この機会を生かそうと、2010年見逃し映画の一本『オーケストラ!』を観に出かけました。
中川家の弟のよくやるネタで、大阪の“おばはん”が「あんた、それ、もう“まんが”やないのー」と人を揶揄するように言うフレーズがあるんですが、この映画については、「これ、もう、ほんまに“映画”やないのー」というフレーズが口をついて出そうになりました。ロシアのボリショイオーケストラに舞いこんだフランスからの演奏依頼のFAXを横取りしたブレジネフ政権下で失脚させられた元・指揮者(現・清掃員)。彼はかつての仲間たちとオケを編成してボリショイオケになりすまし、フランスへ行き演奏をすることを計画するのだが・・・。もう、これは映画だからこその設定で、ラストは無事フランスに行ってコンサートできる、そしてきっと上手く演奏する、それは分かっているのです。分かっていてもちょっとハラハラするんですよね。
というのも、ビザや旅券の偽造もびっくりするほど雑にやっつけるし、オケのメンバーはフランスって異国の地でも所かまわず勝手に商売するし、リハーサルはばっくれるし・・・と呆れるほどに自分勝手であまりにバラバラなので、こんなんで一致団結してクラシックの演奏なんかできるの?って。「即金で支払え」ってコーディネーター相手に団体でわーわー騒いだり、すきあらば小金稼ぎを考えるユダヤ教徒が粗悪なキャビアの飛び込み営業やったり(敬虔なる信徒みたいな顔したおじいさんなのに)、っていうこの感じは、海外旅行先なんかで出会う、おみやげを押し売りしに付き纏ってくる人たちに感じるのと同種のタフさです。なりすまし即席オケのメンバーは、ブレジネフ政権下でオケを解雇され厳しい生活を送らざるをえなかったユダヤ人や彼らをかばおうとしたロシア人たち、また、ロシアで厳しい生活を送ってきたロマたちなので、彼らはみな生きるためにタフであらねばならなかった、苦難を経た人々。そんなふうに自分の生活を優先してバラバラだったメンバーが、最後にあるひとつの思いの基に一致団結して音楽を奏でる様は感動的です。音楽が深い部分で彼らを繋いでいたんですね(その深い繋がりを示すエピソードがもちっと描かれてたらなおよかったような気もしたけど:観終わってしばらく後に思いかえせばね)。
また、メラニー・ロランの上品な美しい佇まいがすばらしくて、彼女の存在はこの『オーケストラ!』に説得力を持たせるもうひとつの重要なカギだと思う。彼女がたたえるどこか寂しげな雰囲気は、彼女が自分の出自をいかに知りたいと欲しているか、の裏づけになっていると思います。だからこそ、キャリアを傷つけるリスクが高い、リハすら碌にできないようなオファーであっても、自分の出自を知りうるチャンスだと知ったら受けずにはいられなかったんだろうな、と。そして、自分の知りたかったことにかかる事実を受けとめた彼女がコンサートでソロを弾きはじめた瞬間、バラバラだったオケも彼女の思いを受け止めて、急速に一致団結してチャイコフスキーの演奏を高みに引き上げていくことができるのも必然の成り行きと納得させられました。
というわけで、ラストの演奏シーンにすべて集約させて、演奏シーンを見せるだけで感動できるってことは、前段の荒唐無稽部分がしっかりした荒唐無稽だからなんですよね。それって重要だなーと思った。一生懸命に荒唐無稽に取り組まなきゃ説得力もないし人の心も動かせない。そうやって大の大人が必死に荒唐無稽を形にするのが“映画”やん、と。だから最初に書いた「これ、もう、ほんまに“映画”やないのー」って感想に至るのです(そう、ポジティブな意味での“映画”です)。あと、背後に人種的抑圧への批判とか、形式化したオールドファッションな共産主義者への批判などがチクっとはいってたりするのもよかった。主役をはじめキャストもみんないい顔でした!それにしても、ロシア庶民のバイタリティ、すごいわー。

『オーケストラ!』ラデュ・ミヘイレアニュ:監督脚本、アレクセイ・グシュコブ:主演
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=335957
http://orchestra.gaga.ne.jp/#/main

その他追記
※監督もルーマニアからの亡命者だから、脚本に説得力あったのかな
※超絶テクニックのロマのヴァイオリニストを演じたのはルーマニアのジプシーバンド“タラフ・ドゥ・ハイドゥークス”のカリウさんという方だそうです。なるほど。
※あと主役のアンドレイの奥さんがやってる“サクラの斡旋屋”がおもしろかった。マフィアがその力を誇示すべく結婚式のサクラを集めるのに斡旋したり。で、そのマフィアの結婚式が銃の撃ち合いで戦場みたいなるっていう。ロシアこわい。