『ばかもの』(2010年/日本) 原作:絲山秋子

今日は休日出勤してきたんで、昨日の日記の続き(私とお仕事)を書こうかと思いましたが、そんな休日出勤した一日だからこそ、仕事以外のことを書いてみたくなったので、先日観ました映画『ばかもの』について書いてみます。
原作は絲山秋子さんの小説でして、これは以前に読んでいました。絲山さんはわかりやすい文章ながら、一文一文から心情の機微が伝わってくる小説を書かれていて、その心情の動きの合間に奇跡のようなイメージが小説の中に具現化されていることがある(『海の仙人』!)、ので、これが映像化されるとどうなるのかな、と思っていましたが、これが一点を除いては、かなり原作に忠実だったのです。ここまで忠実とは意外でしたが、短い作品だし、時間の流れは原作でもざくざく飛ばして10年という期間のエッセンスのみに傾注した書かれ方だったから、2時間の尺でも結構無理なく収まったんだな、と思いました。
さて、いったん原作を離れて映画について。19歳の大学生の大須と8歳年上の額子の10年を描いています。大須は額子と出会い、彼女にぞっこんはまってしまう。でも、ある日、額子は大須を捨てる。捨てられた大須のその後と10年後の再会までを描く・・・ストーリィを文章にしてもいまひとつピンとこない。二人が出会ってからいかに密着し、いれこんだのか、そんな二人の男女の繋がりが19歳の男の子にどれほど重要な位置を占めてしまったのか。このあたりは大須を演じた成宮くんが上手かったな、と思う。なーんにも考えてなかったぼんやりした大学生の男の子のからっぽの頭(といっては失礼だけど)の中に額子がはいってきて、からっぽを完全に満たしてしまった。精神的にも肉体的な感覚としても満たされ、それだけでいっぱいになってしまった。一度、その満ちた感じを味わったあとに、あんな捨てられ方(詳細は映画か原作でご確認ください)されたら、そのあとの荒涼さ加減が想像されるわ、そりゃ荒れるって。
捨てるまでの額子の心情の揺れを内田有紀さんが結構いい感じに演じてた。色気もあって、そりゃ19歳大学生なんてのめりこむわな、と思わせられるような。成宮さんを押し倒して、上半身はそのままの大勢で手を伸ばしてソックスを脱ぐ動きとか、ねっとり撮っててね。
その後の大須の荒れ具合や、もがいている様をしっかり描いているので、その後、年数を経て、額子と再会した後の流れもすんなり受け入れられます。このあたりも原作に忠実なんです。大須が捨てられたあと、段々とアルコールにおぼれていく、その転落していく大須に向かって“お前臭いよ”って周囲が言う場面があるのですが、こういった臭覚に訴える表現があるのもいい。自分の主観では気づかないレベルで、堕ちてしまっている。もう自分ではどうしようもない、ということがより明確に伝わる。
その後の額子との再会と、ラストまでの表現。痛い、苦しい、自分の気持ちが整理できない、過去のわだかまり・・・など色々なものを超えて、お互いがお互いを必要としている者のやさしい繋がりに至る。それは19歳と27歳のときの没入してしまうような激しさの中では手にすることが、形にすることができなかったもの。最後の川原の場面のほわほわとして現実じゃない、夢のような美しさは“いろいろあった”あとにたどり着いたところ。簡単に“いろいろあった”って言っちゃっていいのかと思うけど、そうとしかいえない。その“いろいろ”を見たあとに至るラストだから、ほっとする。それでちょっと胸が熱くなりました。うん、よかったですよ。
さて、最初に“一点を除いて”原作に忠実、と書きましたが、その一点とは・・・。絲山さんの別の小説『海の仙人』にも共通する、ある“奇跡”です。これは映画化する際には、描いちゃいけないもの。この一点は小説だけのミラクルなんです。それぞれのフィールドにだけあるミラクルがありますからね。映画のミラクルは内田有紀のくつした脱ぎとかラストシーンとか。小説のミラクルは“悲惨な捨てられ方をした大須がどうやって悲惨なシチュエーションを脱したか”です。気になった方はぜひ原作をお読みください。
あとは、19歳のバカっぽい大学生の成宮くんのが自転車乗って♪ぼっくらーのうまーれてくーるずっとずっとまーえにはもう、ってポルノグラフィティの歌を歌うのが選曲といい、絶妙でした。で、その後堕ちた、ちょっと歳をとって酒でぐだぐだになった成宮くんが歌詞すらあやふやに♪あっぽろー、あっぽろー、って歌ってるのも、また絶妙でした。
最後に。原作だけ読んでいた段階での自分のイメージでは、額子の母“おばやん”がキレイすぎた。イメージでは樹木希林さんとか・・・額子も大須もうつくしすぎ。椿鬼奴とお笑い芸人の“じゃないほう”(キャラが立ってないほう)とかのほうがリアリティはすごそう。でも、それじゃ観たい気起きないかなー。

『ばかもの』金子修介:監督 成宮寛貴内田有紀:出演 
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=337737
http://www.bakamono.jp/

『ばかもの』原作:http://www.amazon.co.jp/dp/410130453X/

※白石美穂の薄幸ぶりと病んでいく感じ、なんだか合ってた。結婚願望がつよくて、結婚雑誌がおいてあるのがちらっと映るとことかもよかった。
※冒頭のクレジットで“エグゼグティブプロデューサー奥山和由”と、どーんと出てきたのにちょっと虚を突かれた。
姉の結婚式で酒で失敗するってのは、似たような場面《姪の結婚式だったけど》山田洋二監督の『おとうと』でもあったな。あと、このブログエントリーも思い出しました。→「昔、アル中だった。」(Everything You’ve Ever Dreamed)http://d.hatena.ne.jp/Delete_All/20101015#1287112284
※シネリーブル梅田でみました。女性ばっかりだったな。