午前十時の映画祭『キャリー』-夢のように美しい青春のイメージ

昨日、午前十時の映画祭の『キャリー』を観にいきました。昔、原作を読んだし子どもの頃にTVでも観たような気がしますが、スクリーンで観るのは初めて。映画の中で起こることはわかってる、けれどこんなにワクワクするのはなぜかなー、と思いつつ着席しました。西宮のTOHOシネマズは9割くらい埋まっていたかな。いわずとしれたスティーブン・キングの原作をデ・パルマが監督して映画化した作品でして、自分はそんなにキング原作のものを観てないけど、キング原作ではこれと『シャイニング』が好きです。というのは、この2作についてはとにかく画:イメージが印象的で、その点に惹かれる。今回観て、その印象はたしかに間違ってなかったな、と改めて思いました。
冒頭、バレーの授業の後、湯気でほわほわした女子のシャワー&ロッカールームが映る。ゆっくりカメラが移動し、胸も下半身も隠すことない裸の女の子たちがきゃっきゃしている様が、スローモーションで美しい青春のイメージ映像のように映し出される。美しい青春を謳歌するシーンのBGMとしてかかる音楽も夢のように素晴らしくこのシーンに合っている。そんなピチピチした女子の間を抜けるようにカメラがゆっくりとズームしていくと、やせっぽっちの女の子が映し出される。ほかの子とは明らかに違う女の子。やせた胸、そばかすだらけの肌、太ももにカメラが降りたとき、初潮の血が腿を伝って流れ出す。その血を見て混乱した彼女:キャリーが血だらけの手を差し伸べてみんなに助けを求める。そんなキャリーをからかう同級生たちがタンポンなどを投げつける、流れ出す血に怯えて叫び続けるキャリーを助けに来る女性教師、パニックの極みに陥ったキャリーの声とシャワーの器具が唐突に破壊されるさま。これらのシークエンスを、なんて美しい、と見とれていました。そして映像(若干ソフトフォーカスのようななめらかな質感の画面)と音楽と映し出される場面全体から…あぁ、これは青春映画なんだと理解しました。
キャリーの狂信的な母(こわい)の描写。プロムにむけてそわそわする女子たち。キャリーいじめの罰に居残りで体育の課外授業を受ける女子たちと続きます。この居残り体育授業のシーンも印象的。ピチピチした女子たち:変なメガネのふとっちょキャラとか、ベースボールキャップめかぶりの女子などまんべんなく配置した上で、彼女らが運動をしている様が結構しつこく続くのですが、“普通の”高校生の女子の色気を映し出し、一方で“普通じゃない*1”キャリーが図書館を歩く様子をカットバックすることで、キャリーが普通の女子高生とちょっと違うことがさらに強調されている。しつこく続く運動についに耐えかねたクイーン・ビー*2女子が教師に反抗して教師に歩み寄り、プロム参加禁止を告げられる一連がスムーズに描かれる。シャワー室でキャリーを散々からかったスーはキャリーをかわいそうに思ってか、ボーイフレンドのジョックス*3であるトミーにキャリーを誘うよう頼む。キャリーははじめて母に反抗してイケメントミーの誘いを受けることにする。さぁ、フラグは立ちましたよ。
“プロム”はキャリーにとって縁の無いイベントからキラキラ輝くイベントに様変わり。化粧をしてドレスを縫って会場へ。きらきらきらきら。あぁ、また冒頭の女子ロッカールームみたいな映像になった、美しい青春、ドリーミィな音楽に彩られた映像を観ながら、観てる自分は「豚の血…豚の血…うわぁ…来るよ、豚の血」って心の中でカウントダウンをしてる。キング&クイーンに選ばれたトミーとキャリーがスローで舞台にあがる。涙ぐんで幸福の絶頂にいてきらきらしているキャリー。その様子を見守りつつ異変に気づくスー。スーの警告を聞き入れずスーをつまみ出す教師。すべてが夢のように美しいスローモーションの映像だけで見せられる。セリフなしで…ほら、やっぱり冒頭のあのシーンとのリンクする。でも、今度の血はキャリーの中から流れるんじゃなくて、上から降り注ぐ、それも豚の血が。キャリーが初潮のときと同じように叫びだす。でも今度は今までにバカにされた言葉や自分をないがしろにしてきた言葉がフラッシュバックで同時に降り注いで、キャリーのタガが外れてしまう。思いやり深そうだけど、こんな事態になるきっかけを作った女性教師も、トミーもみんなみんないっしょに燃やし尽くすキャリー。命だけは助かったスーも、キャリーの念に囚われてしまう。その結末を迎えるのは最初から決まっていたことだけど。だって、シャワールームで血だらけの手でキャリーはまず、スーの腕をがっしり握った、その血の刻印がしっかり残ってるものな。
この映画のスローモーションの青春映画のきらきらしたソフトフォーカスぽい画質とドリーミィな音楽のシークエンスが一番好きです。思春期/青春の輝きとその脆さの両面性がすばらしく描かれてるものな。しかしキャリーを演じたシシー・スペイセクはすごい。まつげまで色素が薄い金色で、目をぎょろと見開いて、やせぽっちの体をよじるように血まみれで叫ぶさまをみて、彼女の演技あってこそこの映画が素晴らしくなったんだろうと思いましたよ。観終わって、あまりの満足感に思わずちょっと笑顔になっちゃったので、周辺の人になにこの映画で笑ってんの?と不可解な思いをさせたとしたらすみません、というほど素敵な青春のイメージの映画。

『キャリー』(1976/アメリカ) ブライアン・デ・パルマ:監督 シシー・スペイセク:主演
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=5546
http://homepage2.nifty.com/e-tedukuri/CARRIE1976.html⇒※最後まで細かいストーリィ記載有

※スーが後半、100%の善意でトミーにキャリーを誘わせたとは思えない。ちょっとからかう意味もあったと思う。クイーン・ビー女子クリスとつるんではいなかったようだけど。このあたりはわざとぼやかしてる?
※しかし“プロム”って慣習…日本になくてよかった。

*1:劇中キャリー自身が私は普通じゃない、ノーマルになりたい!と母に訴える場面があります

*2:学園女王的な存在

*3:スクールカーストのトップ