ミヒャエル・ハネケ監督作品『白いリボン』

ウッドストックへようこそ!』を観た同じ日に観た『白いリボン』について書いてみます。ハネケの作品は初めてちゃんと観ました。ハネケ作品についての評判をよく見かけるので、観てみたいと思いつつもたまたまタイミングが合わずにいました。シネリーブル神戸は祝日ということもあって、最前列まで埋まっていて驚きましたよ、ハネケって人気あるのだな(パルムドール効果もあるのか)。
普段は自分の印象をうろおぼえで書いてから、ほかの方の感想を読むのですが、『白いリボン』は先にちょっと事実確認をしたかったので作品名でググってみたところ、感想がたくさんでてきた。『白いリボン』を観にいく層は、多くブログ等で感想を書く層でもある、ということになんとなく、なるほど、と思う。ハネケ作品であることを意識して観にいく層、といえましょうか。ハネケ作品のもやもやについて考えて書かずにおれなくなる、というか。さらにそれらのいくつか読んでみると、この作品とナチズム/ファシズムとの関係への言及がある。自分も観ながらナチとのリンクを思っていたけど、それがいろいろのブログの感想やハネケの発言等を読むことで、自分のなかで整理できてきたような気がする。
この作品については副題が「ドイツの子供の歴史」といって、「ナチズム的歴史意識がナチの時代以前にすでに子供の意識の中に巣食っていたことをあわらわにする*1」という、ナチズムへ繋がる歴史認識と密接なリンクがある。映画の最後に第一次大戦の契機となった事件が起こったことがわかるのですが、このときに、映画を観ながらもやもや思ってたことについて、あぁ、この時代のお話だったのか、なるほど!とちょっと納得するのですよ*2。純潔であらねばならない、ということを押し付けられ抑圧された子供たちは、大人になり、ちょうど台頭してきたナチの支持者(もしくは指導者等の当事者)になるという歴史。また、狂言回しである教師が結婚する相手がエヴァという点、教師が後に仕立て屋になる、という点にヒトラーとの相似を見出すブログもみかけて、へええ、と思ったりもしました。
では、歴史認識以外でこの映画全体について、自分の印象に残ったことを書いてみます。まず印象的なのは、この映画がモノクロであること。音楽が劇中に登場人物が演奏する場面以外はまったくかからないこと*3狂言回しの教師にしても、男爵にしても名前がついていない(教師が恋するエヴァなど例外はあるけど)一方、子供は名前で呼ばれるので、名前での識別可能であること。これらのことには当然ながら意味が持たされてると思いました。音楽がかからないし固有名が出ないことにより、“情緒”の色づけが感じられないのです。これは監督に「安易な感情移入など許しませんので、お家に帰って自分でちゃんと考えるようにね」という宿題を課されたかのように感じました。この情緒を排した演出は、モノクロ画面で照明も暗い(自然光撮影のような感じ)画面からも感じられまして。暗いところは暗すぎるし、白いところ(道や雪など)は白く飛びすぎてるような画面は硬質で、感情移入の余地はない。
特に強く印象的だったのは、劇中とある婦人が労働中に亡くなり、その遺体が洗われる場面が映るんですが、その部屋をハエが容赦なくぶんぶん飛んでるんですよ、その音まではっきり聞こえるほどに。ここに、近代の写実小説の試みと似たものを感じました。感情などを盛り込まず、ひたすら風景や景色を叙述する試み。でも表現は人間の行為であるからには、何をフレームインさせるか、どうカメラを置くかでも表現意図が出てしまう(写実小説しかり)。けど、その限界も分かった上で、ハネケはフレームの中のモノをモノとして映す試みをしていると思う。人間はあらゆるものに意味を見出したい生き物だから、モノをモノとしてしか映さない*4意思って、人間の生理的に不快だ。よくハネケについて書かれている文章に出てくる単語「悪意」ってのは、みんなこういう所に感じるのかなー、と思いましたよ。
あとは、一番とらえどころが無いのは、狂言回しの教師だな、と思いました。インテリながら裏では近親相姦をしたりアレしたりコレしたりしてる医師の気持ち悪さとか、牧師の異様なまでの純潔志向の過剰さなどの異様な点は、わかりやすい。明快に映し出されてます(特に医師-娘、医師-看護婦の場面!)。それらに比べて、教師は一見、映画内で一番の常識人で普通の感覚を持っている人のようです。それゆえ観客は彼の視点で見ていくかのような気持ちで観るのだけど、回顧するかたちで叙述している彼は一体いま、どこにいる?そして何歳なんだ?村にいた時期に起こった諸々の悪意に満ちた事件の後、村を出た彼の人生がナレーションで(台本ならわずか数行で)淡々と語られてしまうことに驚きました。教師は何者なんだ?傍観者?恋した女性への欲求を抑えているようで、抑え切れていないような、子どもたちのことを考えているようで、そうでもないような、自分本位にしか動いていないような…彼はナチの時代を過ぎそれぞれの時勢に適応して生き延びた“庶民”なのか?…「普通の人/庶民が一番怖いのかもしれない」ということをちょっと喚起されたりもしました。・・・などなど、さすがモヤモヤさせキングのハネケ。ほかの作品も観てみたいと思いましたよ。

白いリボン』(2009年/オーストリア=フランス=イタリア=ドイツ)監督:ミヒャエル・ハネケ
http://www.shiroi-ribon.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17049/index.html
 白いリボンをまかれて鬱屈
 教師とエヴァ

*1:粉川哲夫のシネマノート

*2:それまでは馬車とか自転車とか男爵とかどの時代設定か判然としていなかった

*3:エンドロールでも無音

*4:だから音楽もつけない