氷はいつ割れるのか『フローズン・リバー』

神戸映画サークル上映会で『フローズン・リバー』をやるというので、観にいってきました。サークル会員でなくとも飛び込みで観られるのです。神戸映画サークルさん、ありがとうございます。さて、これはサンダンス映画祭の大賞も獲得し、アカデミー賞の主演女優賞、脚本賞にもノミネートされたとのことで、評価が高かったので、良作が観られるな、という期待をもっていったのでした。ストーリーは、生活に困窮した母レイが主人公。こどもが二人いるのにギャンブルにはまった旦那は新しい家のための資金を持って家出してしまった。家出した旦那がバス停で乗り捨てていた車を盗んだモホーク族の女性と関わることになり、金のために凍ったセントローレンス川を渡り不法移民を密入国させることに手を染めていく…というもの。
フローズン・リバー』というタイトル、おおまかなストーリーから、これは“いつ氷が割れて川に落ちるか”の映画だな、と思っていました。絶対に、氷は割れるはず、というか割れなきゃならない。そしてそのタイミングはクライマックスに絡むものだ、と思っていました。たしかに氷は割れた、劇的にストーリーが動いている動的な場面で。“これで最後、これが終わったら家の代金が貯まるから…”と完全にフラグがたったお仕事の最中にそれは起こる。でも、氷が割れるところはそんなに劇的じゃないのですよ。というのも、そこに至るまでの過程が丁寧に描かれているから。
主人公のレイってキャラクターはギャンブル狂いの旦那にキレて銃をぶっぱなしてしまったり、とちょっと感情が大きく動きやすい激情型の女性の設定です。それは最初のほうで彼女の胸などにタトゥーが入っているルックスとか(外見で判断しちゃダメかもしれんですが)、旦那の車を盗んだライラのトレーラーハウスを銃で撃ったり、最初のお仕事で入った金で、相当浮かれて「さ、ショッピングセンター行こうか!」とウキウキとこどもに言っちゃうあたりからも察せられるのです。また、レイはかなり視野が狭いところもある。パキスタン人の夫婦を見たら“中東っぽい顔つき⇒テロリスト⇒荷物は爆弾”って短絡思考で夫婦のバッグ*1を極寒の氷上に捨ててしまうし、こどもや自分の家を守ること以外は見えないというキャラクター造形。
レイとライラの最後のお仕事において、いつものブローカーでは仕事がなくて、違うブローカーのところを紹介される。やめればいいのに、とにかく早く仕事をして金を得たい⇒家を買いたい一心で視野が狭くなっているレイは危ない橋でも渡ろうとする。ブローカーのところにはポールに纏わりつくダンサーのお姉さんがいたりするし、風体もうさんくさいし、やっぱり金だってちゃんと払わない。そこで主人公のレイはいつも以上に落ち着きを失い焦ってしまう。いらいら。ほら、やっぱり銃をぶっぱなした。撃ちかえされて耳をケガ。ああ、いらいらが増す。ほらパトカーが追っかけてきた。いらいら、じりじり。そうして、追い詰められて薄い氷の箇所を渡り、氷は割れる。
丹念に積み重ねられた描写や演出や演技の行き着く先に当然あるべき帰結だから意外性はないのですよね、氷が割れる箇所に。かわりにクライマックスはその後に訪れるドラマにあって、保留地に逃げ込んだレイとライラ、二人のうち一人が警察に出頭すべきという状況でライラは自分が出頭するという。ライラにだって亡き夫の母に奪われた幼子がいるのに(更に彼女は累犯なので刑が重くなるのに)。それにシリアス顔で「うん、了解っ」っていうレイに、物凄いがっかり感を覚えていたところで、いったんは逃げ始めたレイはひとつの決断をする。それは視野が狭くなっていろいろ失敗してしまったこれまでの彼女では取れなかったような決断でして、ここでほぅっ、と息をつき、カタルシスを覚えました。
物語に意外性はなく、細かい伏線をきっちり張り、後に回収するという手堅いドラマでした。観ながらアメリカには1ドルショップがあるのか、とか、家へのこだわりハンパないねぇ、とか、テレビもレンタルかい、とか、“アメリカの低所得者層の生活”の息苦しくなるような様のリアリティもよかったです。冒頭でレイが朝起きて、なんのセリフもなくただただ流れ落ちる涙をどうもできないまま、視線の定まらない有様が映し出されるのが痛々しくて、暗いところに囚われて抜け出せない、説明できないぼんやりとした悲しみにさいなまれているのが伝わってきた。きっと、一日のうちで朝が一番つらいのです。また、この先の見えない一日が始まってしまった、朝。助け手も感じられず、孤独を思う時間は朝のような気がするな、と思った冒頭も印象に残ったのでした。このオープニングがあるから説得力がある。

フローズン・リバー』(2008年/アメリカ)監督:コートニー・ハント 主演:メリッサ・レオ
http://www.astaire.co.jp/frozenriver/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD15621/
 ※ライラとレイ(ふたりとも母)
《その他追記》
※ライラは札すら数えられないほど目が悪かったけど、最後のほうメガネつくってメガネ女子に。
※ちゃんとした男がほとんどでてこない映画でした。男の存在感がものすごく薄かった。

*1:結局赤ちゃんが入ってた