鬼畜の狂宴『悪魔を見た』

楽しみにしていた『悪魔を見た』を今朝観に行ってきました(@神戸国際松竹)。韓国映画っていうと血、暴力、復讐、家族、縁などの要素がないまぜになった作品をどこか期待している自分がいるようで、予告を観たときにこれらの要素が入っているのをその断片から感じて、「これは観たい韓国映画だ」と思っていたのでした。朝の一回目にも関わらず予想よりはそこそこ入っていたけれど、イ・ビョンホンのファンらしきクラスタが多かったです、さすがだ。あと年齢層高めでした。さぁ、結構な残酷描写らしいけどどんな感じかな。
雪の中パンクして立ち往生している車の中で電話をかける女性。電話の相手はイ・ビョンホン演じるスヒョン。二人は恋人同士のよう。女性の車に近づく怪しげな男の乗った塾の送迎車。この怪しげな男こそチェ・ミンシク演じるギョンチョル。このギョンチョルの車からの視点で女性の乗った車に近づいていくところで映画が始まるのだけど、そのミラーの左右に翼つけてるんですよ。ミラーに翼…また『童夢』を思い出したよ。連想ゲーム:翼⇒童夢のじいさんのかぶってたアラレちゃんの帽子(翼の装飾がつっついてる)=共通点:不気味。
車に近づくギョンチョルが突如暴力を発動させる場面の迫力。くるぞ、くるぞ…と、観客にしっかり準備させる間合いを取るあたりは定番の演出ながらも、おぉっ!、と衝撃を受けました。このシーンがすばらしくてワクワクして、空怖ろしく感じる。彼は女性をガンガン殴り、白い雪の中をずるずる引き摺って、血の道ができる。場面が変わって、亡くなったかと思っていた彼女が目を覚ます。ビニール袋に全裸で包まれて。あれ、死んでない。そう、この映画の中では人間は案外しぶとくて、なかなか死なないのです。でも、その命をギョンチョルはあっさり絶つ。目覚めるのを待って、命乞いの言葉を聴いて、あっさり断ち切る(いろんな種類の刃物を周到に準備してます:『冷たい熱帯魚』でもそうでしたね!)。このときのギョンチョルの表情が良いのです。あぁ、こいつに人間の情に訴えるような事を言っても通じねえな、と。人間ならざるモノだと分かるのです、それが怖い。まさしく鬼畜。命乞いの言葉を聴きながらのあの顔がねえ、自分は“おぎやはぎ顔”と思いました。なんだかんだといろいろ聞いた後で「それで?」っていいそうな、「〜〜ですけど、なにか?」みたいな*1。結局ギョンチョルは何のために殺人を犯しているのか分からない。理由も語られないし、目的もわからない。彼がそんな異常殺人に走るようなトラウマや原因も示されない。それは絶対的に正しい。理由なんてわかったら、その瞬間に悪夢がひゅんと萎むもの。すべてに意味を付与しなくていい、ギョンチョルはただ単なる鬼畜。遺体はバラバラにしているようだけど、なんのためか分からない。ただただ彼は“過程”を楽しんでるわけです。ギョンチョルは女を犯し、殺害するまでの狩りの過程を楽しんでいる。医者のところで看護師の女性を脅し、服を脱がせたりする場面を執拗に(冗長に感じられるほどに)長く映し出すのはその性格を描き出すためかと。
一方のスヒョンも執拗。ギョンチョルの以前に二人の別の容疑者にアタックする場面があるのですが、これがまるでミッションを遂行するスパイのよう、もしくは、フリスビーを放り投げられて、それに食らいつく猟犬のようなのです。特に最初のミッションは見もの。エロ動画を見てる男(その顔面が最高)の様子が、ビョンホンファンの方々は目を覆いたかったのではないか、と思うほどにリアルに描かれている。動画に夢中になってる男とスヒョンがその男の住居へするすると侵入する様子をカットバックして、両者のファーストコンタクト⇒スヒョンがあっという間に男を痛めつける鮮やかすぎる手際。一人目の容疑者が違うと分かると二人目へ移行…狩りだ。陰鬱な顔をして行う狩り。ここで、ギョンチョルとスヒョンが似ていることがわかる。婚約者を殺され、復讐に燃えるスヒョンは、ギョンチョルを痛めつけては解放することを繰り返し、すこしずつダメージや残虐性を増していく。ギョンチョルが逃げ込んだ自分の猟奇仲間である男は言う「そいつは狩りを楽しんでるんだよ、お前は獲物だよ」。狩り如く過程を重視しているスヒョンもすでに鬼畜。
ギョンチョルの猟奇仲間の男もすごい顔面です。相変わらず、すばらしいな韓国のキャスティング力は。この男が生肉*2を食らってる様が気持ち悪くてね。こいつは完全に肉屋の格好してますから。ふへー。でもこの気持ち悪い男にくっついてる女がまたルックスはきれいだけど、掴みどころがないような感じで…こいつも鬼畜の一員なのは間違いない。頭からっぽみたいくて、人間の生来の欲望に則って生きてるだけのような。『渇き』に出てきたヒロインもこんなのだった、なんだか似てる。鬼畜しか出て来ないな、この映画。
どう考えてもご都合主義なところや、いくらなんでもそれは、って詰めの甘いところもある。携帯電話がある世の中で、最後の事件とかアレとか防げるだろうし、こんだけ傍若無人なアレコレをしてるスヒョンが最後のほうに至っても自由に行動してるのもどう考えても警察甘すぎ、とかスヒョンの後輩言いなりになりすぎ、とかスヒョン素顔さらしすぎとか、スヒョン丸腰なのに強すぎ、とかつっこみどころは多いです。が、それもこれもスヒョンとギョンチョルの鬼畜対決、鬼畜合戦に的を絞るため。とにかくギョンチョルを演じるチェ・ミンシクがすごいな!顔面アップが多いのですが、その顔の狂気の表情の横溢してる様ったら。一方のスヒョンを演じるイ・ビョンホンも鍛えたスマートな肉体は、ミッションを遂行するキャラクターにはまっていました。のめりこんで、盲目的になり、完全に人間の道を踏み外した男。そんな自分に気付きつつも復讐をどうにもやめることが出来ず、結局、鬼畜因子となり、結果として事件や被害者を増やしていくわけで。自分の復讐のため何人犠牲者増やしてるねん。しかもギョンチョルの残酷さや殺戮マシーンっぷりのアクセレーターの役目を果たしてるのは間違いなくスヒョンだものな。そう、まさに鬼畜競争、鬼畜合戦、復讐は憎悪/負のスパイラルしか生成しない。
いろいろのご都合主義はありますが、ラストの流れはそうきたか!と思いました。確かに伏線はあった。でも想像出来なかった。あの道路の真ん中に血だらけで車から降り立つギョンチョルからのシークエンスは刮目して観よ、という感じです。以前にもらっていたこの映画のチラシにニーチェの『善悪の彼岸』の有名な言葉が引用されていました。「怪物と闘う者は自らが怪物と化さぬよう心せよ。お前が深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込んでいるのだ。」うん。ラストに至って、スヒョンが採った手段/決断にその深淵を見たような気がする。深淵を見たからこそ、あんなこと思いついたんだろう。彼の最後の表情、泣いてるのか笑ってるのか分からなくなってしまうような表情。すでに“あちら側”に足を踏み入れてしまったことをどう受け止めたんだろう、彼は。英語タイトルの『I saw the devil』の“I”って誰で、“devil”って誰なんだろうね。
主演以外にもチョン・グックァン(『義兄弟』の“影”!)などの演技も素晴らしい。直接的暴力表現もあるけど、残虐な切り株などを見せるのが主眼じゃないから、大丈夫かと。ただ、足首へのあの攻撃とか、口をぐわぁっと押し広げるのとかは観ててイタかった。人間は案外、なかなか死なない。殴ったり切りつけたりしても。ただ、トドメを刺さない痛めつけ方が、痛い…そんな痛さを感じさせるような攻撃はほとんどスヒョンがやっている。…復讐者が見る深淵のほうが、より深いからなんでしょうかね。
『悪魔を見た』(2010/韓国)監督:キム・ジウン 出演:イ・ビョンホン/チェ・ミンシク
http://isawthedevil.jp/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17606/index.html

*1:誤解なきように…おぎやはぎは大好きなんですけど!

*2:何の生肉かは…