大阪アジアン映画祭/特集企画の1本『下女』を観た

一般公開に先駆けての上映や、満席の会場、知らなかった映画を知られる機会が詰まったのが「映画祭」。ですが、平日は厳しいし、しようがないから後に一般公開されるものはそのときに回して…などと絞って観に行くことにした『大阪アジアン映画祭』が土曜日から開幕しました。昨日は『下女』を観に行ってきました。韓国で昨年リメイクされた『ハウスメイド』*1のオリジナルです。著名映画ブロガー:アガサさんのブログで知ったこの映画を、映画祭の企画で上映するということで楽しみにしていました。九条のシネ・ヌーヴォは昔行ったことがあり、地図で見たら駅から激近なので、余裕かましてたら、迷いました。自分の体内磁石と空間把握能力の弱さを甘く見ていた。整理番号6番なのに入ったのは大分客入れが済んだあとでした。
キム・ギヨン監督の『下女』は1960年/昭和35年の作品です。フィルムもぱつぱつ切れている箇所もあるし、英語字幕の入ったフィルムが入り混じったりしますが、そういったノイズより内容の凄さで集中できました。まず、ハングルで監督などがテロップで出るなか、タイトルだけ漢字でどーんと出る、『下女』。この字体がまずめっちゃ怖い。なにかが滴ってるみたいな極太書体。時代背景としては。女工が工場で出稼ぎ労働をしていた時代。工場の中で女工の音楽部や運動部があった。音楽教師とかピアノとかやっぱ上流。TVや一軒家持ち人種ってハイソサイエティ、髪はきっちり横分け、そんな時代。音楽教師を生業としている主人は妻の願望「一軒家ほしい!しあわせ家族になりたい!」をかなえるべく、頑張る。妻も内職を頑張る。そしてようやっと家をゲット。家が広くなったら広くなったで家事大変やし、下女いるやん。という流れからの、下女がお家へやってきた!ヤァヤァヤァ。
下女が家にやってくるまでに、音楽教師に恋した女工がラブレター送る⇒教師工場へ報告⇒女工クビ⇒女工、教師うらむ、という不吉な予兆を潜ませてる。この伏線は音楽教師は家庭を守ることが第一で、その他のことには心を配る余裕なし男だということを露呈してます。自分の立場を守るために女工の恋文のことを雇い主に報告して、そうすることで女工がどうなるかは配慮しない。彼は最後までこの行動原理だけの人でした。観ながら思わず“こいつ何なの、頼りなさすぎ!ひっどいな!”って口が動いた(エア罵倒)くらい、とにかく、まるでダメ夫だった。第一、自分のせいでクビになった女工が自殺したことにショックを受けたからって、下女と寝るって、どんな因果関係やねん。いいわけ言い訳、はい、男の言い訳。ダンナのダメさは、人間の弱さでもあって、だからこの男は本当にひどいな、と思いつつも、人間弱ったら信じられないくらいバカなことやってしまったり、こんなにあからさまな落とし穴はまらねーよ、と思ってても嵌ることあるよな、だって人間だもの。そういうことも思った。
けど主人の嵌った落とし穴は、思ったより怖かった。サスペンスっていうか生身の人間が相手なのに、ホラーでした。ジャック・ニコルソンみたいでした。そう、顔面が超こわい。下女は喜多嶋舞みたいな雰囲気のルックスで、“ちょっと足らん”感じのキャラクターを“こわ上手く”演じてました(舌をペコちゃん的にしたり、片方の肩を出したり、目の表情で“ちょっと足らん”感じを表現してて、殊更見開いた目の表情が怖かった)。彼女はピュアで自分の気持ちに正直に行動する女性といえましょう。それゆえ一度の出来事で彼女の全ては一変し、これまでと違う未来が夢見られ、そこに執着する。その執着がホラー。彼女が部屋の中にふぅっと立ったり、なにかを見つめてる様だけで震え上がるっていう。主人が、彼女の部屋に食事を持っていけない理由を「部屋に入るのがこわい」っていうのが物凄く腑に落ちた。
でも、彼女も結局主人と変わらず自分の幸せに執着しているだけ、妻も自分の描いたしあわせ家族像に執着していただけ、結局、みんな自分は幸せになりたいって思ってただけ。利己的な幸福像の追求は、自分勝手が故に周囲を巻き込んで不幸な帰結を迎えることがある…。だから、家族という単位においてこういう悲劇やホラーが生じやすいし、本当に怖いな、と思いました。
ラストはおぉっ!と思いましたね。小声で思わず「そ う き た か」とつぶやきました。いや、確かにそういう伏線はあったわ、うん、相当明確にあったわ、その伏線。まぁ、1960年頃の時代ゆえそういうフレームになるのかな、とも思った。しかし驚いた、そして思わず破顔。会場からもどよめきというかなんというかそういう余韻の声が漏れてましたよ。会場を出ても女性方が興奮して話してはったです。いや、会場は9割方埋まったいい感じだったので、こういう風に客席の反応があるのが本当によかった!いい環境で見られましたよ。

『下女』(1960/韓国) 監督:キム・ギヨン
 ※写真一番左が下女さん
《その他追記》
※正妻がとにかくエロかった。しなしなした動き。甘えたような目つき…。でも彼女の後半の行動はなんだかちょっと支離滅裂。なにをどうしたいねん、と心の中でつっこんでしまった。
※タイトル出るまでのあやとりが延々続くのも、なんだか印象的。
※ピアノを習いに来る女工中村玉緒に似てるので、玉緒、と心のなかで呼んでいた。
※主人がチェックのネルシャツなのがなんか可笑しかった。しかしどう贔屓目にみても主人はダメ男すぎた。
※リメイクはオリジナルのちょっとご都合主義だったり、感情の流れがブツ切れになって分かりにくいところを軌道修正して、更に怖さを増すこともできるだろうな、と思います。ただ、あのオリジナル下女くらいの怖い顔面+演技ができるかどうか…期待して待つ。

《参考おすすめエントリ》
『すきなものだけでいいです』2011/1/5「下女」 
http://sukifilm.blog53.fc2.com/blog-entry-741.html

*1:日本でも今後一般公開予定のようです