“そして毎日は続いてく”『海炭市叙景』

楽しみにしていた『海炭市叙景』がようやっと神戸で上映されたので観に行ってきました。土曜日(初日)に行ったら7割くらいは埋まってました(とはいってもKAVCはパイプ椅子を50?くらいしか置いてないとこなんですが)。twitterのTLにはそんなに感想は流れてこなかったけれどなんとなく評判よさそう、というのと、加瀬亮等の役者陣がよさそう、ということで観に行きました。
この映画は、『マグノリア』とか『クロッシング*1とかでもあったような、ばらばらの物語のようで、どこかで交差する物語の集合という形式でした。北海道にある架空の(だけど函館がモデルとあきらかに分かる)“海炭市”という場で生起する年末〜年始の数日の物語。公式サイトから拾いますとそれぞれの掌編は「まだ若い廃墟」「ネコを抱いた婆さん」「黒い森」「裂けた爪」「裸足」というタイトルです。観終わった今はこれの掌編のタイトルが大変腑に落ちる。観ていてものすごく“文学的”だな、と思う瞬間がたくさんあったけれど、その文学的瞬間の集積を象徴する言葉がちゃんと掌編のタイトルになってるな、と。
たとえば、加瀬亮が主演のパートである『裂けた爪』。加瀬亮演じる“社長”は親から引き継いだLPガスの販売業だけに留まりたくないため、浄水器事業に手を出す。浄水器なんて怪しい営業品目の典型で、売れるわけない。再婚相手の妻ともうまくいかない。というか、妻を家庭運営のためのツールくらいにしか理解していない夫じゃ家庭なんて上手くいくわけないし、夫は愛人を外につくっていることが結構周囲にも知られている。当然の帰結のごとく妻はこどもを虐待する。すべてが少しずつ掛け違い、上手くいかない。その理由は自分にあると、ぼんやり分かってる。でもどうしたらいいかわからない。拘束着を着せられてるのにその拘束から逃れようともがいて、足掻いて、徒労感だけが蓄積していくかのように見える社長。彼はヤクザのところへ行き、ガスボンベの交換がてら浄水器の営業をしようと思う矢先、ガスのつまったボンベを足の親指の上に落としてしまう。痛い痛いと顔を真っ赤にして、いい大人なのに泣く。ボンベは重くて動けない。ヤクザに助けられる、浄水器は売れない、妻はこどもを痛めつけることをやめられない、そんなこどもを父である彼は守ってやれなくて、祖父の元へ連れて行くことにする:諦め。どこへもいけないような閉塞感と無力感…じっと爪を見る*2。…ココ!上手く説明できないけど、“小説的表現”が画になった瞬間。有る意味登場人物の心情などをワンショットであらわし、そのショットが観る者に“余韻”を残すような…こういった“文学性”が合うか合わないかで、この映画についての感想が分かれそう。自分は久々に文学全開な表現に触れられて、懐かしい新鮮さ(て矛盾した表現だけど、こうとしか言えない)を覚えましたよ。
また、出色だったのは、冒頭の『まだ若い廃墟』のパート。小学校で授業中のこどもが、急遽帰るように言われ、同じ小学校に通っている兄とともに小学校を出る。職員室で流れるTVの臨時ニュースはドックでの事故を伝える。続いて、谷村美月と竹原ピストル演じる成長した兄妹の朝の風景にジャンプする。これでちゃんとすべて分かる。セリフがなくっても映像と演技だけで十分わかる。また、絶妙にいいのは音声のボリューム。聞き取りにくい箇所もあるけれど、クリアな一本調子じゃなくて、抑揚や家のノイズも織り込んだ音声の録音/再現が良いなと思った。成長した兄(竹原ピストル)は父がかつて働いていたドックで働いている。業績不振でリストラが発表される中、自分には船以外に何もない、と思いつめる兄。とうとう会社を解雇された兄が大晦日の晩に初日の出を見に妹(谷村美月)を誘う。やさしいやさしい兄が美しい初日の出をどんな表情で見てるんだろうと、妹はふと兄を見上げる。妹はその表情でわかる“兄はいなくなる、きっと死んでしまう”。観客である自分も妹と全く同じことを感じた、「この人はきっと死ぬ」。それだけで胸がしめつけられるように苦しくなる。そこから先は観るのがつらいほど。竹原ピストルと谷村美月は本当にすばらしいキャスティングで、すばらしい演技でした。
各掌編とも印象深いのですが、共通するのは経済的には活況とは言いがたい地方で生きるうえで感じる閉塞感。ここではないどこか(都会)に行けやしない。どんよりした曇り空はぶよぶよした屋根みたいに覆いかぶさって、突き破ることもできず、ねばねばと過酷な土地に絡め取られる。でも、都会に行ったところでなんら解決にはならないことは『裸足』のパート(ラストパート)でも明らか。ただ、この映画は希望のヴィジョンがちゃんと示されて終わるのです。希望はある。それは都会だろうが地方だろうが関係ない、個の物語の繰り返しの日常においてあるもの。ネコは孕んで仔を産んで、それはまた育てられる。くりかえし、反復、生産、くりかえし…同じ空の下、どこかでひとつの個の物語が終わっても、どこかでまた別の個が産まれ、かすかに係わり合ったり、リンクしたりして…“そして毎日は続いてく”*3
ほかにこの映画で大変素敵なのは、地方のスナックのクオリティのリアルさ、地方ニュースの感じ、浄水器のセールス、営業が上手くいかないことの責任のなすりつけあい、ロープウェイの売店の感じ、ヤクザの住まいのアパートの感じ、プラネタリウムの施設設備の感じ、背の高い建物のすくなさ…といった地方感の映像表現を満喫できる点です。『裸足』にでてくるおっさんとかもね、あー、地方だわ、と。
役者陣も大層魅力的。竹原ピストルはじめ三浦誠己、山中崇が素晴らしいのです。自分にとっては顔は知ってても名前が出てこない役者さんたちでしたが、これを機に覚えようと思った。あがた森魚も出てたみたいだけど、気付けなかった。あとはジム・オルークが音楽っていうことが話題ですが、観る前にそのことを知っていたのに、観ている間はすっかり忘れていた。エンドロールで彼の名を見かけて、あ、と一挙に音楽が相当よかったような気になったっていう。いや、映像に音楽が溶け込みすぎて気付けなかった、という意味でもよかったと思います(まるで言い訳)。でもジム・オルークって名前を見たらそれで箔がつくというか、オーソライズされたように感じてしまうところ、自分はやっぱり浅いな。でも思い返すとやっぱり音楽も静かでよかったですよ、そんな静かで、余韻を残す映画。

海炭市叙景』(2010/日本)監督:熊切和嘉 出演:谷村美月、竹原ピストル、加瀬亮小林薫ほか
http://www.kaitanshi.com/index.php
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17236/index.html

 谷村美月さんよかった

『ぼくらが旅に出る理由』
http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND9096/index.html

*1:リチャード・ギアの方の

*2:啄木

*3:ぼくらが旅に出る理由