面白かった!『シリアスマン』

コーエン兄弟の『シリアスマン』がやっとシネリーブル神戸で上映開始になったので、観に行ってきましたよ。
キャストがすばらしい“おっさん博覧会”状態、また、舞台となっている1967年の中西部アメリカのファションやルックス、小道具(主にメガネ)が素晴らしすぎて、頭がくらくらしそうでした。種々様々のおっさんの顔&演技を堪能し、おばさんや女子のメガネ姿に萌える。その万全の舞台+布陣のもとで展開するストーリーも練られ、コーエン兄弟の真骨頂のような気がする。とはいえ、自分はコーエン兄弟の作品をそんなに観てないし、観ても全体のぼんやりした印象しか覚えてないことが多いんですが、そのぼんやしりた印象⇒不条理、ユーモア、皮肉、不穏さ、現実と夢の境界があいまいになる不安定さがサバービアを舞台に展開してる様が、一分の隙もないほどカッチリしている。このサバービアのロケーションも最高でして、主人公ラリーが家の屋上にあがっている姿がポスターにつかわれてる構図なんですが、郊外戸建ての屋上でアンテナの向きを調整するラリーが、お隣さんの様子を屋上から見下ろすわけです。同じような家の並びでもそれぞれの家族はあり方が全然違うわけで、ラリーはふとそれに気をとられて覗き見る。ラリー一家に展開する物語も、それらいくつもある郊外の家のうちのひとつの物語、のはずなのに…それにしてもラリーは不運すぎる。
完璧なキャラ=“顔”*1を持ち、シャツをぴっちりインし、つたなすぎる英語をつかう韓国人留学生、この彼がラリーに災厄の種を撒くところからラリーの不運の嵐が始まる。この映画での不運の軸は二つあって、ひとつはラリーの職に関するもの。韓国人留学生から成績を書き換えるように賄賂を渡され、それによる悩みの種は萌芽し、芽は目立たないけど地道にするすると伸びていく。もうひとつは、派手な軸で彼の家にまつわる不運。妻が離婚を申し立て、その浮気相手も公然と離婚について口を出してくる、少し問題の有るラリーの兄の存在や勝手に父の名でレコードを注文する息子なども絡まって、各々の事象の不穏さが増幅していく。
自分はシリアスマン:真面目な男なのに、なんでこんなに不運なの?とユダヤ教のラビに教えを請いにいくラリーは、行く先々でなんら答えは得られない。あるラビの話す歯医者の挿話が大層おもしろい。その挿話を全部ラビが語ったのち、観客である自分も映画の中のラリーと同じような反応をする「オチないんかい、じゃなんでその話したんだよ!」。ラビはしれっとした態度。答えなんかないよ、なすがままで、まぁ世の中いろいろあるじゃん。なんだそれ。町山さんも指摘してたけど、この映画にはヨブ記も垣間見えるし、冒頭の昔話で、悪霊が家にやってくる話もぼんやり効いてくるような気がする。冒頭のこのエピソードは「100年昔のポーランドのシュテットルを舞台にしたイディッシュ語で語られるもの*2」で、原典はなく、コーエン兄弟の創作だそうです。彼らは、この昔話は本編の物語と何の関係もないというけれど、このエピソードも含め、種々のエピソードから示唆されることが縦糸や横糸のように織られ、段々と編まれていくことで、『シリアスマン』という映画はカタチを成していく。悪霊や呪いや不運はなんの根拠もなくやってくる。出会いがしらにぶつかる。人間は翻弄されるだけで、あちこち頭をぶつけて、疲労困憊、流されるままどうなることやら。ラリーはまたこれらの困難にバカみたいに正面からぶつかる。パンチドランカーなんでしょうか?
ラリーが不運パンチドランカーだからこそ物語は面白く転がりまくるし、周囲の人物もイキイキしてくる。彼の専門である物理は数学で美しいひとつの解に導かれるはずなのに、彼の実生活は混乱の極みという皮肉。色々のキャラやエピソードを盛り込むと散漫になりかねないのに、複数のエピソードにより織られる物語の中心にラリーを据えることで、結果としてちゃんとひとつのまとまった映画になってる。また、うじゃうじゃした物語に音楽の面でパンチをかますジェファソン・エアプレインの曲がまた、かっこよい。この曲や、ラリーの何気ない健康診断の様子、大物ラビの気の効いた一言など、ちゃんと伏線になっていたりその回収もなされていたりして、鮮やか。
ラストもとてもいいです。『ヨブ記』とは異なるラストの皮肉さや唐突さ。いやぁ、本当におもしろかったな。主人公のルックスといい、『バートン・フィンク』を思い出しました(『バートン〜』の内容はほぼ覚えてないけど)。ラリーが板書するときのへっぴり尻具合はステレオタイプな感じの演技ながら鉄板で。あと妻の浮気相手のサイもおもろすぎた。本当に日本公開されてよかった!最新作『トゥルー・グリット』も観に行くよ。
シリアスマン』(2009/アメリカ)監督:コーエン兄弟 出演:マイケル・スタールバーグほか
http://www.ddp-movie.jp/seriousman/index.html
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17747/

ちなみに、この作品名を知った頃、『シリアルママ』に似てる響きだな、と思い、勝手にコーエン兄弟が陽気に連続殺人をする男を撮った作品だと思い込んでいたという、バカすぎる自分の誤りに気付いたのは、結構最近です。はい。

*1:イケメンの意ではない

*2:公式HPより