これは禍々しい映画だ『おそいひと』

柴田剛監督の『堀川中立売』の上映にあわせて、神戸でレイトのみ1週間限定で上映された同監督の『おそいひと』を観に行ってきましたよ(@KAVC)。ポスターと小さいチラシ情報で、重度の身障者が主演している、ということはわかっていましたが、あまり事前情報を入れずに観に行ったため、心臓をぎゅうぎゅうと押さえつけられ、でも逃げられない、目をそらせられない、というような衝撃を覚えました。手ぶらのノーガード戦法でノックアウトというわけです。
映画が始まってしばし、映し出されるものを観て、白黒なのか色調を極度に落としているのか、よくわからない錯覚のような感覚に陥る。ざらついた粗い画面。ぼんやりした画面で展開していく物語は、現実なのか、ファンタジーなのか、いつの時代なのかすらよくわからない。冒頭にいくつかの断片が差し込まれる。あぁ、きっとこれは、映画の中盤以降に出てくるシーンを入れているんだ。この不吉さ。予兆“このあと、なにかが起こるんだ”体がぞわぞわするような不穏なオーラを転がる雪だるま式に増大させながら映画は進んでいきます。
携帯電話がまだ大学生の間で普及しはじめたくらいの時代らしい近過去設定が、より物語を夢のようなぼんやりしたふうに感じさせる。そんなほわほわしたフィルムの中に登場する重度の身障者の住田さんが主人公だ。彼は話せない。かわりに音声を発してくれるトーキングエイドというツールで自分の意思を伝える。その抑揚のない機械独特の音声では感情が推し量りきれない:不吉の予兆を増大させる。昼はケアワーカーが日常雑務をし、夜にはバンドマンの坊主の男:タケが介護にきて一緒に晩御飯を食べる日常。修論のため介護体験をすることになった女子大生が昼間のケアワーカーとして来はじめたのを契機に、この物語は大変なことになるわけです。それはそれは、もう、禍々しい。
女子大生が来るようになってから、だんだん様子が変化する住田さん。「コイシチャツタ」。あぁ、この瞬間、不吉さメーターがいっぱいいっぱいになった。住田さんの周りは壁だらけ。何度も出てくる道路に聳え立つ階段の場面。登れやしない、先に進めさせない、その前でくるり方向転換し戻ることしかできない世界に住んできた住田さんは、ついに、自分の四方の壁を壊そうとしはじめる、恋の思いに憑かれたから。住田さんの犯す最初の殺人が恐ろしくて恐ろしくてたまらない。“おそいひと”である住田さんがゆっくりと、仕留めにかかるその手法。ゆっくりと仕留められるターゲット。観ている自分もいっしょに沈められるみたいで苦しいったら苦しいったら苦しい。邪魔な壁をひとつ除去した住田さんは、堂々と女子大生に自分の意思をつたえる「一発ヤラせて」。あぁ、ぞわぞわする、禍々しさがさらに増す。女子大生は、これまで見えなかった住田さんの正体、抑揚のない機械音声では気付けなかった感情に気付いて、逃げる。住田さんは、一度解放した欲望をおさめやしない、もはや狂気。壁はすべて壊す。あの女子大生が言ったっけ「住田さんふつうに生まれたかった?」。「ふつう」の「健常者」から、無邪気に発せられる“暴力”にあらがう住田さんの回答は「コロスゾ」。だから殺すの。「ふつう」の「健常者」を。ターゲットになった者は“おそいひと”に殺されるの。でもなぜか男なんだよね、ターゲットにされるのは。なんでかな。「健常者」の「男」は、女子大生とかと一発ヤレたりするからかな。だからより憎いのかな。
音楽も日本のシューゲーザーシーンで有名なworld's end girlfriendがやってて、このノイズギターがすばらしく合ってる。ラストの逆回転と色調が戻ってくる場面と音楽の融合したうつくしさは、まるで夢のよう。禍々しい予兆はここで終わりのはず、なのに、その深い余韻はこの映画を観てしまった、という刻印をうけたような気分でしばし呆然とする。夜の新開地を駅まえ歩くのに、こわくてたまならい、と思いながら早足で駆けはじめると、KAVCのそばのスナック「むらさき」のドアが開け放たれておっさんの歌う声が聴こえてきた。ああ、ほっとした。まさかおっさんのカラオケに人心地つく日が来ようとはね。

おそいひと』(2004年/日本)監督:柴田剛 出演:住田雅清、とりいまり、堀田直蔵、白井純子、福永年久
http://osoihito.jp/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD11693/index.html

阪神の西宮沿線付近が舞台のようで、その身近さがまたこわかったっていう。
※住田さんの演技がとにかくすごい、表情といい…、体を鍛えるとことかも怖いんだ、その目的が伝わるから。タケを演じた堀田さんもすばらしかったな。福永さんもよかった、すごい存在感。
※ちなみに「これは禍々しい映画だ」っていうのは、チラシにあった加瀬くんのコメント「これはわるいえいがだっ!!!」にインスパイアされました。はい。