『アンチクライスト』

なまいきシャルロットが大変なことになるとの評判を見聞きすること早数ヶ月…ようやっと神戸にて上映が開始されたので、『アンチクライスト』を観に行ってきました(@元町映画館)。思ったよりはお客さんが入ってました、さすが上映開始二日目(とはいえ、席は選び放題)。内容はといえば、日本生まれ日本育ちの自分には理解がなかなか困難なところもありました。森といえばヨーロッパでは人間の営みに密接してある“自然”で、脅威・畏怖の対象でありつつ、恵みをもたらすアンビバレンツな存在であり、それゆえ哲学、童話、小説、音楽などにインスピレーションを与えてきた。そんな歴史的文脈や含みのある森にキリスト教が絡むんだから、難物ですよ。
…とそんな文化的背景などとは全然関係ないような文脈になるのですが、『アンチクライスト』を観ながら、自分の多くはない映画鑑賞記憶から、ふと思い起こした映画がありました。それは日本の映画で『ぐるりのこと』。リリー・フランキーさん演じる法廷画家木村多江さん演じる妻との10年という長いスパンの日々の流れ、感情のゆれうごき、日常を描いたこの作品をなぜ思い出したかというと、この作品も、産まれたばかりの幼い子を失った夫婦がテーマだから。『ぐるりのこと』では、その悲しみとともに生き、乗り越えることはできなくて、でもその消えることない悲しみも抱えて穏やかに日々を過ごすことができるようになるあたり、までを描いており、観た当時に静かに深く感銘をうけたのでした。『アンチクライスト』も同じく幼子を失うという出来事を起因とするストーリィなのに、まったく違うその有り様に、日本と欧米の文化的相違を思いましたよ。
また、後半、明らかにキチガイになっていく「彼女」を観て思いだしたのは『死の棘』(映画は未見。小説のみ)。夫の浮気を契機に狂う妻をなすすべもなく、なだめたりすかしたり、あきらめて妻の傍らでぼんやりしたり、おびえたりする夫。こちらも日の歩みを丹念に描写して、終わり方は、水平線の遠いとおい向こう側がかすかに明るくなるくらいの希望がある、かも。くらいの感じで終わったような気がする(完全なるうろおぼえ)。ケド、『アンチクライスト』は完膚なきまで徹底して彼岸に…もう戻ってこられない地点まで行っちゃうような感じで、なんでそんな極北まで行ってしまうのや、と思いつつ、あぁこれも文化的相違かなー、と思う。
子を亡くす悲しみも、狂う妻も、早急に癒すことなんてできない、と諦めのような思いを持ちつつ、付き合っていく、遠く近くそばに居続けることで、ゆるやかに癒されていく世界が『ぐるりのこと』では描かれるけれど、『アンチクライスト』では悲嘆による精神的くずれを“治療し、正常な状態に速やかに復そう”とする。過ぎた悲嘆は病であり、その病には原因があるはずだから、その原因を探り治療すればいい…モノゴトには原因があって結果がある、という考え方。森へ行けばなにかわかる?そこへ行けば、セラピストである「彼」は、「彼女」の中にあった邪悪な要素を辿ることができる。幼い息子にむりやり靴を右左逆に履かせたり、歴史における女の邪悪な面を研究し、その邪悪さに取り憑かれたかのように字すら書けなくなっている痕跡(まるで悪魔憑き)を見つける…。結局、こどもを失ったことが、直接の彼女のメランコリーの原因じゃない、そもそも「彼女」は、息子が窓から落ちていくところを、悲鳴をあげることもなく見届けるような、邪悪な存在であったんだと。結局、女性たる自我の罪・邪悪さ、かぁ。これをセックスシーン(まったく欲情的じゃない)、砥石シーン(痛い)、などを交えて苛烈に描写する。容赦ない。余裕がない。息苦しい。そうして、女性たる自我の罪の原因を断つために、女性のパーツをハサミでジョキンとするわけなんだろうか。「彼」をゴルゴダの丘をゆくキリストのように、砥石で森の斜面の道をいざって行かせるようなことをするのかな。そして、最後は「彼」が「彼女」をああいうカタチで救済する、のかな。
キリキリするけれど、その映像はすばらしいし、シャルロットの演技も圧倒的。トイレにガッツンガツン頭をぶつけるところは、痛そうだったし、キチガイになってからはひたすら怖かった。映画館で体験するべき映画だと思う。でも、深く理解できていない自分には、邦画で同じテーマを扱ったときとの違いに大変興味を惹かれたのでした。なじみがあり、また深く共感するのは、『ぐるりのこと』的世界。しかし同じ地球上に生きる人間でも、こんなにも違う考え方や文化的背景があるんだ、とその映像的衝撃とともに感じられたのでしたよ。
しかし森といえばヨーロッパなのに(そしてロケもドイツでしているのに)なぜか舞台がアメリカ。なぜかしらん。そして公式HPに書いてるとおり、これは「エロティック・サイコ・スリラー」なのかしらん。エロ…?

アンチクライスト』(2009/デンマーク=ドイツ=フランスほか)監督:ラース・フォン・トリアー、出演:シャルロット・ゲンズブールウィレム・デフォー
http://www.antichrist.jp/index.html
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17334/