命がけの跳躍『ブラック・スワン』

ナタリー・ポートマン主演のバレエの映画です。プリマを目指しているニナという女の子。SWAN QWEENに抜擢され、いよいよ夢が叶うことになるのだけれど、彼女の踊る白鳥はパーフェクトだが、黒鳥はどこか物足りない。どうにかして役を我がものにするために煩悶し、もがき、葛藤する過程を描いています。ナタリー演じるニナはヴァンサン・カッセル演じるトマからダメ出しを食らうのですが、それは「お前の内面から出てくるモノが足りない」ということ。技術の問題じゃないから練習でなんとかなるわけではなく。自分の中にあるものが足りない、というのは一番ツライ。自分も小さい頃から「あんたの性格もっと活発で明るいものに変えよ」と言われて、「それは生まれついたもので、自分ではどうしようもできんです」と泣いて訴えたことが何度もあるけれど、そういうレベルのダメ出しじゃないかな?(卑近すぎる例に引き寄せてすみません)。
自分で壁を越えようとジャンプすることがある。これまでにはできなかったような、我ながら思い切った跳躍。ひょっとしたら着地したとき、すこしこれまで見られなかった風景が見られる高い地平に立てるかもしれないという跳躍。ニナは普段しなれない化粧をし、髪を下して、トマのところに「自分を抜擢してほしい」と直訴しに行く。まずこれは一つ目の跳躍。前日には母に止められていたのに、そのアドバイスを無視して直訴に行ったところもポイントだな。このブレイクスルーによって開けた地平には、困難な障害物がたくさんあった。その障害は結局、すべて自分の中にあるもの。それを越えなければ彼女は結局元の地平に逆戻り、いや、逆戻りどころか元のレベルより低い地平に降下してしまうかもしれない。
抑圧されてきた/してきた自分の中の欲望と向き合わざるを得なくなるニナ。いい子ちゃんだった彼女は、嫉妬や性的な欲求を認めてこなかったけれど、それを自分のなかにあるものとして認め、のみこんでニナという自分のパーソナリティに統合し結実させないと、一人前のプリマにはなれない。いや、バレエに限らず表現て、全部そうかもしれない。その人のユニークなパーソナリティが理論や言葉や技術だけで解き明かせない魅力をかもしだす。
まずは性的抑圧と向き合うべきをトマに指南される。それ以降、地下鉄の下衆すぎる舌ペロペロのセクハラじいさん*1を見ちゃっても、自分の中の抑圧してきた欲望とどこかしら無意識にリンクしていき…クラブでハメを外す自分、リリーとのレズの妄想へと連なる。自分のなかの欲望により、自意識が過剰になり、世界が変容していくように思えていくあり方って、思春期の第二次性徴の時期のもやもやだよなぁ。ニナは、年齢的には大人だけど、内面はこどものままのかわいそうな女の子。通過すべき変化やイニシエーションを経ないと、こんなにも暗黒面が深まるとは、おそろしい。
同時に、必然的に母と正面切って向き合うにも至る。庇護してくれる親ではあるけれど、母はニナを妊娠したことによって、自分のキャリアをあきらめざるを得なかったという思いがある。自己実現を阻んだ娘への愛憎のミックスされた感情から生まれる娘への抑圧。ニナは気を遣い、母の気持ち/空気を読んで立ち振る舞ってきたけれど*2、命がけの跳躍のためには、母と衝突し、この障害を乗り越えなければならない。これもいわゆる反抗期、ってやつだよな。大人になってからこれに直面するほうが、互いの痛手も大きいだろうな。ぬいぐるみも、母がネジをまわしてくれるオルゴールもなにもかも打ち棄てるニナ。どうすれば乗り越えられるのか…あまりに深すぎるダークサイドは、彼女を蝕み、自分の生み出した妄想と現実の境がどんどん曖昧になり、現実を侵食していく。この現実/妄想が互いを侵食しあっている描写が素晴らしかった。観客はニナのヴィジョンを共有し、混乱し、覚めながら見る悪夢を見ているような感覚に陥る。
ラストの舞台のシーンは今思い出しても、胸が熱くなるな。リフトされているときにバランスを失って落ちてしまい、悔しくてつらくて涙をこらえきれない表情。当初からバレエにおいて完璧を目指してたニナは、舞台上でミスを犯したことでぷつっと何かのリミッターが外れたかのように、不完全で、嫉妬の感情を持ち、性的にも未熟で、親からの呪縛を断ち切れなかった…など諸々の自分のなかにある認めたくなかった部分をまるごとすべて引き受けざるを得なくなる。それが、さらなる高みへ跳躍する契機になっている。ダークサイドを引き受けることで、それまでの枷を打ち破って、あらたなレベルに突入したのか…!舞台上の白鳥の最後は、重力にひかれて落下しているように見えるけれど、ニナ自身は高く跳んだかのよう。
ここで、ウィノナ演じるベスが重要だとおもいました。完璧なベスにあこがれて、彼女が身に着けていたものをこっそり盗んだほどにリスペクトの対象だったベスはニナに「自分は完璧なんかじゃない」と言う。世代交代を図るために主役を降ろされ、退団に追い込まれたベスは、自分の存在自体不安定になり、ボロボロになる。ひょっとしたらニナの行く末はベスだったかもしれない。だけど、ニナはラストにニナはすがすがしい表情で「perfect」と自信を持って言う。彼女はとうとう新しい地平に降り立った。憧れの対象だったベスも超えたんだ。命がけの跳躍を経て。

ブラック・スワン』(2010/アメリカ)監督:ダーレン・アロノフスキー 出演:ナタリー・ポートマンヴァンサン・カッセルミラ・クニスバーバラ・ハーシーウィノナ・ライダー
http://movies2.foxjapan.com/blackswan/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17653/

※それにしても、まるで脱皮するかのようなその苦しみの有様ったら、ないな。さかむけ、爪切り、鳥肌、水かき、鳥脚、羽生え、うぐぐぐぐ…。脱皮して血を流して大人になるって、またメタファー的な。
※ナタリーの演技はアカデミー賞主演女優賞も納得以外の何物でもない。胸から上の部分を映している場面だけでも、バレリーナらしさを出すのは難しいと思うし、吹き替え部分も自然で気にならなかった。
※ウィノナの爪やすりをさくさくと刺す場面もおそろしかった。
※でも、ニナはさみしそうだったなぁ、最後まで。それがすごくかわいそうだった。

*1:すごかった!あれは引く!

*2:ケーキの場面の絶妙さ