『ドリーム・ホーム』

大阪上映初日に行きました。初日ってことでちょっとワクワクしつつ出かけましたが、お客はぱらぱらで、しかも待ってるメンツは男しかおらぬ、うむむ、こんなものなのかぁ…。いざ本編がはじまると、そのヘヴィな描写に「あ、これは女性は敬遠するかもなー」と思いましたが、自分はかなり楽しんで観ましたよ。
ひとつの考えのタネが頭に巣食う、それが段々脳の中のあらゆる思考を侵食していき、いつしか偏執狂的になっていく。そのタネが、この映画の主人公のチェン(ジョシー・ホー)の場合「ヴィクトリアNo.1」(海沿いの高級マンション)だったのです。この高級マンションの名前がまたスノッブで薄っぺらい響きでいいんだよな。彼女は劇中で「ヴィクトリアNo.1じゃなきゃダメなのよ」と何回も何回も言う。観てる自分は「そこまで執着する対象の名前が、“ヴィクトリアNo.1”て」と思うけど、こういうペラい響き*1のものに執着してるチェンから漂うのは一抹の滑稽さとか、なんだかわからない哀切さとかで・・・それゆえ劇中でえげつないほどドッタンバッタンやってるのも“ヴィクトリアNo.1”のためかー、と思うと、一つの思いに囚われるって本当に怖いなぁ、とつくづく感じて、味わいが増すような。
チェンがどうしてそこまで“海の見える家”に執着するのか、という理由については幼いころからの回想場面によって説き明かしていく。路地、地上げ屋、亡き祖父と母…、すべての問題は海が見えるステキな家に住めば解決するようにみえる。いい家にさえ住めればしあわせなんだ…!という思い。チェンにとっては、不幸な現状がすべてひっくり返るような一発逆転の魔法の鍵が“家”に思えてしまったのですな。現実には、そんな鍵なんてないのにね。そんな思考に囚われてしまっている時点で、もう、彼女は危ない領域に片足つっこんでる。・・・というか、家の頭金を払うために、親族の死を利用するチェンはすでに常識や規範から逸脱しちゃってるのです(ここまでまだ前提の段階)。
全編にわたって、スラッシャー場面と回想場面の行き来で、単調にならないようにしている。どうしてこの行動に至ったのか、というノスタルジーすらちょっと感じることもできるこども時代からの回想が丁寧に描かれる一方、現在時制において進行するスラッシャー場面の工夫の凝らし方の凄さ。チェンがどうしてそんな残虐行為に駆り立てられて粛々と殺人を実行しているのか、というのは三分の二くらい観た段階で、「ルサンチマン爆発なんて単純な動機だけじゃない、別の意図があるのかも・・・?」と気付くけど、それにしても、その企てのためにしても、やりすぎ、完全に度を越してる。頭金を支払って夢の家をほぼ手中に納めたと思った瞬間、売主の強欲+社会状況の変化のためドタキャンされてしまったことで、完全にリミッターが飛んじゃった。いったん釣り針にかかった巨大カジキが釣り上げ寸前で逃げちゃった…!ような感じ。逃した巨大カジキを執念深く追いかけ、再び手中にいれるため、もとい、自分の夢/欲望を満たすためなら、なんでもありだぜ、というフェーズに突入。
しかし、キレちゃって衝動的に殺戮に向かったわりには、殺し方に工夫を凝らしすぎだよ、アレとアレの殺され方はマジでいやだ。あと死人演技もすごかった。観ながらこちらまで息苦しく、くるしくなってくる、うぐぐ。総じて女性の殺され方がひどいような気がしました。同属嫌悪なんでしょうか?生理的に逆なでされてるような感覚すら覚えましたよ、あの妊婦へのアレは…思い出してもぞわっとする。地味にファーストアタックの警備員の殺られ方もすごかったね、ツカミはOK…!
ジョシー・ホーはダサOLの風貌(天地真里的な…)で、ダサくてしょうもない男と不倫してるという、閉塞感たっぷりの女性役を熱演していた。閉塞感で苦しくて、行き場が無いような彼女が、あれこれあれこれ上手くいかないことが重なりまくって、どわぁー、とキレたような演技。彼女は非力なのに、被害者からの逆襲に負けず強いのは、偏執狂パワーが火事場の馬鹿力的なものを出させてるからかな。あと、殺される人々もよかったなぁ。殺陣って、斬るほうもだけど、斬られるほうの技量も問われるといいますから。今作においても両者の息がぴったりだったといえましょう。あの死に際の顔…すごいな。ラストも更なるなにかの予兆をちょっぴり示唆した感じのジョシー・ホーの表情がよかったな。映像もキレイでした。しかし殺し方がすごかったなー。この映画観た人と劇中の殺し方について、ものすごく語り合いたいです。アレはシャレならんよな、とか…フフフ。
ドリーム・ホーム(2010/香港)監督:パン・ホーチョン 出演:ジョシー・ホー
http://www.dreamhome-movie.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18138/

※古い香港の路地の風景とか、貧しい家庭の様子とか、現代の香港の高層マンション群の風景とかよかったですよ。
※チャラい若者連中が「カワイイネー」って使ったり、ジョシー・ホーの同僚らが「次の連休は歌舞伎町いこうよ」とか言ってるあたり、日本文化の受容のされ方がちょっぴり垣間見えましたよ。
※ホラーはニガテなんですけどね(こわいから)。これは血だらけだけどジャンルが違うんでOK。あと、ちゃんとエロも織り込んでました。遺漏がないな。

※関連エントリ(『ドリーム・ホーム』評)
深町秋生のベテラン日記 http://d.hatena.ne.jp/FUKAMACHI/20110525
真魚八重子 アヌトパンナ・アニルッダ http://d.hatena.ne.jp/anutpanna/20110518/p1

*1:日本のマンションでもフランス語風な名前がついてるもっさりしたマンションがあったりしますよね