男の夢の詰め合わせ『ラスト・ターゲット』

ジョージ・クルーニー主演の『ラスト・ターゲット』を観ましたよ。年齢層は結構高めでしたね。あまり予備知識なしに行きましたが、これはなるほど古典的ハードボイルドな世界を知らない自分でも、なんだかなつかしい気分になるような、古き良き往年のスタイルを気持ちよく味わえるような映画だったので、客層と映画がいい感じにマッチしているように感じました。以下ネタバレ含みで書いてみます。
まず物語はスウェーデンからはじまる。暖炉の火がはぜてるようなウッディな小屋でのラブアフェア*1描写に続いて、ジョージ演じるジャックと女性が雪原に散策に出たところ、ジャックが狙撃されるところから始まる。ジャックは素早く狙撃手を片づけるとともに、ジャックの正体を知らなかったため動揺する女性も躊躇なく背後から撃ち抜いて始末する。ここだけで、セリフで多くを語らずとも、裏の社会のおそらく暗殺を生業とするジャックのクールさやプロフェッショナルなところを表現していて、美しいな、と思いました。狙撃されたジャックは、組織の男から、イタリアのとある町にて身を隠し、指示を待て、と言われさくっと移動するわけですが、その道中、組織から渡された携帯を放り捨てる。ここで、ひとつの宣言をしてると思いました。“この映画は、古きよきハードボイルドな世界をイタリアの古風で素敵なロケーションを舞台を描きますよ”現代の携帯電話とかは邪魔で、あくまで自分の目で見、耳で聴いたもの、また自分の持てる経験やテクニックこそが唯一頼れるものなのだ、という男の価値観の世界。現代であって現代ではないファンタジーのはじまりです。そこには男の夢が詰まっている…!
≪男のファンタジー1≫イタリア憧れ
冒頭のスウェーデンというのも、たいがいファンタジーな感じですが、そこから移動するのがイタリアっていうのがまたファンタジー。『アマルフィ』では日本人の持つイタリア幻想を露呈しておりましたが、『ヤング・ゼネレーション』『ジュリエットからの手紙』などを観て、アメリカ人のイタリア幻想は根強い何かがあるなぁ、と思っていたので今回の映画(原題:「the American」)におけるイタリア設定を観て、アメリカ人のイタリア憧れの深さを再認識しました。城塞都市の名残を残す町、カステル・デル・モンテ。狭い路地と迷路のような入り組んだ石畳の町。外国人が「こうあってほしい、こんなイタリアが見たかった」と思うような風景です。バール、ヴェスパ(かな?)、イタリア語織り交ぜ会話、カトリック、田舎の祭り、町を出るとあふれる自然…。まるでPCも携帯もないような世界に見えるイタリアの古い町、そこにいるのは訳あり影のある異邦人なオレ、さぁ舞台は整った。
≪男のファンタジー2≫銃ってかっこいい
さて、カステル・デル・モンテに滞在しているジャックは、そこでしばし待て、と指示されるのだが、一つの仕事を依頼される。銃のカスタム。朝市的なロケーションで目と目で通じ合った美女こそがその依頼者。彼女にどんな銃をお望みか尋ねるジャック。射程距離は?とかなんとかいろいろ。その会話中女性が「サイレンサー」といったのをジャックが「サプレッサー」と言い直すあたり、男のプロフェッショナル優越感を出してましたな。この女性もたいがいプロなオーラ出してるんだからそんな言い間違いしないだろー、と観ながら思ったけど、この映画は男のファンタジーだから。そして、依頼通りの銃を仕立てるためのその工程を材料の調達から、工作に至るまで丁寧に見せます。これぞ男心をくすぐるだろうポイントですね。プロ感をじんじん醸し出しながら、ひとつひとつの工程をこなし銃を完成させていくジャック。これに憧れない男がいようか(反語表現)。
≪男のファンタジー3≫美女がなぜだかむこうから好いてくれる
そんな仕事の合間に、店に女を買いにいくジャック。そしたら彼の前に現れるのは、当然の如くすごいナイスバディの美女。彼女指名で通ううちに、彼女にむかってオレの前では正直でいろよ的な発言したり、なんだかんだで気持ち急接近。お金のためだけじゃない、この気持ち…ひょっとして、愛?一時、ジャックは彼女も彼の命を狙う者の一団かと怪しむのだけど、川辺のピクニックでそうじゃないことを確認。しかもこの川辺ピクニックでは、川についた瞬間「川で泳ぎたい」って、ワンピース1枚脱いだらノーブラ、無邪気に自分の気持ちに正直に気ままに川に入ってたわむれる。こんな女性がいる光景が男の憧れでなくてなんだ!
≪男のファンタジー4≫「アンダルシアに憧れて」
この映画を観たあとは この曲がアタマを回りだしましたよ。こんなシチュエーションにあこがれない男がいようか…!これが最後の仕事だ、今度こそオレ、お前と一緒に新しい町にいって…(絶句)みたいな。ラストは彼が愛する蝶*2に彼のたましいが乗り移り、天へ運ばれるかのようにひらひらと上へ上へと飛ぶ蝶の画で締められています。
この映画は箱庭みたいなもので、その世界にすっぽり入れると、たまらなくしびれるだろうし、ナニコレ古いな、と思うと全然ダメなタイプの映画でしょうね。自分は、『マイレージ・マイライフ』みたいな軽さを生かした役のジョージさんが良いと思うので、この徹頭徹尾シリアスな役はどうかな、と思ってたけど、そんなに違和感なかったですよ。なにより写真家だというアントン・コービン監督の撮る絵が本当にすばらしく美しい。だから箱庭みたいな映画だけど、きちんとできあがった完成度の高い箱庭になっていたと思いました。男のファンタジー要素にはどうにもどっぷり浸かることはできなくて、客観的に観てしまったところはあるけど、なんかほほえましかったな。どっぷり嵌った人はイタリアにいって『ラスト・ターゲット』ごっこ(ジョージ・クルーニーになりきってみる)をしてみたらいいかも、オトナの男のネバーランド…みたいだな。
『ラスト・ターゲット』(2010/アメリカ)監督:アントン・コービン 出演:ジョージ・クルーニーヴィオランテ・プラシド、テクラ・リューテン、パオロ・ボナチェリ、ヨハン・レイゼン
http://last-target.info/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18133/index.html

暗闇の蝶 (新潮文庫)

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※会うたびに髪型や髪の色を変えてる女殺し屋の容貌とかも、男の世界アコガレでしょうなぁ。あと、銃の試し撃ちの場面とか。
※ちなみに水銀を銃弾に仕込む意味がわからなかったのですが→こういうこと みたいですね

*1:こういうすこし古風な表現をしたくなるような映画なんですよ

*2:途中で蝶の図録のようなのを読んでるシーンもちゃんとあるよ