三島由紀夫特集上映『炎上』『人斬り』『憂国』を観たよ

三島由紀夫の特集上映がされてるので梅田ガーデンシネマに観に行きました。彼の原作のもの、彼が出演したもの、脚本に関わったもの、などが上映される特集で、彼の生前に製作されたものが中心となっているのが特徴です。三島については好きとかキライとかではなく、過去にちょっと彼の作品をまとめて読んだことがあるのです(あくまで彼の小説ジャンルへの興味のみ)。今回は久々に三島作品を映画を通じて回顧してみようと思って出かけてみました。ほかの上映作品『黒蜥蜴』とかも気になりましたが、今回は3本観てみました。
楯の会、右寄り、自衛隊の駐屯地に乗り込んで腹切りした人、というのが一般的なイメージかな。天才と狂人紙一重とか?…でも三島は天才でも狂人でもなく、自意識の人/傍観者としての眼を持っている人、というのが自分が作品を読んで得たイメージです。彼はオーソドックスな意味での教養人だったと思う。祖母の好きな泉鏡花をこどもの頃に既に読んでいた*1とか、古典から明治〜昭和の近現代文学、西洋翻訳文学、漢文などひととおりの教養を得ていたわけで、紛うことなき秀才*2。それだけ頭がいいから、客観的な目しか持ちえない部分がある。『詩を書く少年』『仮面の告白』『金閣寺』あたりの自意識過剰っぷりと、観念で小説を創り上げてやろうとする欲望などを見ると、そのあたりは明らか、かな。
そんな頭の良さゆえの限界も彼はよくわかってる。また、彼の思考はある意味古典的な二項対立に囚われてしまってるところもあって「精神と肉体」とか「言葉と行動」「客観と主観」「理性と感情」などの二項対立図式でいえば、前者の側の人なのですな。だから肉体をボディビルで鍛えることによって“言葉”より“行動”、“観念”より“肉体”の側に接近しようとする。観念的な事象よりも、新聞の三面記事に載ってる激情にながされたような痴情事件に惹かれ、そういう事件にインスパイアされた軽薄な風俗小説*3を書きまくるし、自分自身もチンピラ映画の主役になりきって演じてみようとする*4。観る人じゃなく、行為する側へ身を投じたい欲求があるのですな。しかし生前最後の作品『豊饒の海』四部作も第2部の『奔馬』で終わっとけばいいのに、『暁の寺』『天人五衰』までいっちゃうあたり、結局彼の“空虚な戦後という時代の傍観者”であるという性(さが)のどうしようもなさが表れていておもしろいなぁと思う。あの果物が腐るみたいにぐずぐずになる4部作の後半2作も結構好きです。
さて、映画です。三島の演技については、『からっ風野郎』の予告を観たら彼のあまりの大根ぷりに戦慄が走ったですよ…周りの役者さん困ったろうな。以下このたび観た作品についてちょっと書いてみる。
『炎上』は、『金閣寺』が原作の映画です。市川雷蔵がよかったなぁ。昔、篠田三郎主演ver.『金閣寺』を観たのですが、結構長くて物語風に再構成されてた(うろおぼえ)。雷蔵版のほうが短い尺で、原作小説の観念性を結構そのまま映画に置き換えようと試みているような印象かなぁ。あと、仲代達也が目力をいかんなく発揮していてよかったです。ともあれ『金閣寺』は観念的要素が濃い小説で、ある意味三島の仕事におけるこの分野でのひとつの到達点だったと思うので、小説を読んでから映画を観たほうが分かりよいだろうな。小説を読むと、主人公がなんであんなふうに行動するのやら、なんでびっこの彼がモテるのか、わかりやすいかと。
『人斬り』は五社英雄の監督作で、今回観た3本の中では一番観やすいしエンタテイメント色が強くておもしろかったです、五社監督といえば…遊女!も出てきたしね。人斬りまくりの血しぶき飛びまくりです。とにかく岡田以蔵を演じる勝新太郎の俳優力がすごい。殺人マシンの人格破綻者なんですけど、どこか憎めない人間臭いキャラ。仲代達也が以蔵を非情なまでに利用する武市半平太役で、また目力がすばらしい。石原裕次郎坂本竜馬を演じてるのはちょっと違和感でしたが…それも最近の創作における竜馬像がジャマしてるんでしょう。勝新と張り合えるだけの役者となると裕次郎さんなのかな。さて、三島さんですが。今作においては人斬り以蔵と並び称された薩摩藩士・田中新兵衛を演じています。三島は剣道とか居合とかもやってたんで、この役はオレのためのものって思ったでしょう。演技は箸にも棒にもかからないけど、セリフはほとんど無く、人を斬る場面ばかりフィーチャーされてたから、意外とよかったですよ。新兵衛の切腹場面は着物を片肌脱いで、自慢の筋肉をスクリーンに見せつけ、えいっと刀を突きたて腹を横へ切り裂く。近代の合理的思考からはあの場面で“切腹”なんて帰結は導き出されるわけもない。ただただ、信条のために身を捧ぐ新兵衛のラストは、『憂国』に通じるものがあるやもしれませね。
というわけで『憂国』なんですが、セリフを排し、物語説明を文章(三島の自筆の巻紙)で行ってから演技シーン、という構成。能みたいな表現を目指したところはあると思う。形式的な様式化された舞台に、登場人物はふたり。あらすじはこんな感じ。三島はセリフがなくてもやっぱり演技がぎこちない。彼が最後に自刃する場面まではうつらうつらしたところもあった(上映時間30分なのに)。しかし、自刃の場面のまったりとねっとりと引き延ばす感じがなかなかのもので、三島はココを映像にしたかったんだな、と思いました。切腹の作法をきっちり描こうとしたらしく、刀にさらし布?を巻くところからはじめてその作法を順を追ってきっちり描いています。様式にのっとって美しく自刃を描くのかと思いきや、そうではないところが興味深かった。決して美化していない。腹を横一文字にかっさばくのですが、脂汗たらたら、目は白目、なかなか手が動かない、それを執拗に描いてる。そして、腹を切ってもすぐには死ねない。内臓がとろとろと出てきている、うぐぐぐぐ、と苦しみ前のめりになり、臓物を抱えながら、首を切ろうとする。なるほど、武士の切腹介錯人いますものね。介錯がいないから自分で首を斬ろうとする…あぁ痛い。とにかく即物的に撮ろうとしていて、そんな即物的な肉体の死に近接した形でしか生を実感できないということか…。ともあれ単純な、切腹→美しい死、って思想ではないと思います。しかし、彼は1970年に映画で凄惨に描いた方法による死を選ぶんですがね…空虚さの只中で傍観者たる自分でいることが耐え難かったのか、それともなんらかの信条に殉じたのか、はてさて…。
『人斬り』はいまだDVD化されておりません。『憂国』はまぼろしだった*5のが近年フィルムが発見されソフト化されたようですが、今後もなかなか劇場で見られる機会は少ないやもしれませね。興味のある方はこの機会にどうぞ。

『炎上』 (1958/日本)監督:市川昆 出演:市川雷蔵、仲代達也ほか
『人斬り』(1969/日本)監督:五社英雄 出演:勝新太郎、仲代達也、石原裕次郎三島由紀夫ほか
『憂国』 (1966/日本)監督、脚本:三島由紀夫 出演:三島由紀夫、鶴岡 淑子
※梅田ガーデンシネマ→http://www.kadokawa-gardencinema.jp/umeda/news.html

炎上 [DVD]

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花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

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※以上、むかしに三島作品をよんだうろおぼえ記憶で書いてみました。至らぬところはご容赦くだされ。

*1:日本橋』を読んで理解してたとかすごいすぎる!

*2:学歴的にも学習院→東大→大蔵官僚

*3:そんな作品群にもいいものもありますよ

*4:『からっ風野郎』

*5:奥さんがフィルムを焼いたとか