南米の現実『闇の列車、光の旅』

神戸映画サークル上映会で『闇の列車、光の旅』をやるということだったので、チラシを持参して観に行きました(チラシ持参割引があるのです)。舞台は南米。アメリカから強制送還された父+叔父とともにアメリカへの密入国の旅をする少女(サイラ)がある青年(カスペル)と出会う物語、と思っていたのですが…それよりも印象に残ったのはこの映画にでてくる、ある「組織」でした。
メキシコのある街で組織に属するカスペルが、12歳の少年を組織に導き入れるところからはじまる。少年は13秒のリンチに耐える、そうして組織に迎え入れられたことを知ると、血だらけの顔で笑う。…この「組織」はマラ・サルバトゥルチャ(MS)といい、彼らのかなり強烈なヴィジュアルもあいまって、衝撃的でした。しかも、エルサルバドル発祥で本作の舞台となるメキシコ、また世界各国にも拠点がある国際的犯罪組織“マラ・サルバトゥルチャ”という実際にある組織だと知ってかなり驚きました(モデルはあるにしても創作した名称だと思っていたので)。劇中、組織のメンバーはタトゥーを入れているのだけど、リーダーにいたっては全身にタトゥーが入っています。顔の全面にもタトゥーが大きく「MS」って入ってて、これはリーダーたる徴か。組織の構成員も「MS」の一員であることを示すタトゥーが入っている・・・どうも南米のこういった組織ではタトゥーを入れてどこに属するか明示するならわしなのかな。他の組織との縄張り争いもあって、よその組織の者が自分のシマに入り込んだら即刻捕まえて、殺す。それをこの劇中ではカスペルが導きいれた12歳の少年がやるんですよね。それも正規の銃じゃなくて、手製らしい武器(圧縮空気でなにかを撃ち込むようなものかな?)で、構え方を簡単に教えてもらって、命乞いする相手の言葉も聞かず命令にしたがってあっさりと。このくだりだけで、ゾワっとしました。ただ、この段階では、人を殺すことについてまだカスペル主導で、少年は戸惑いもちょっとある感じなんですが、人の命よりも“自分がMSという組織に属していくこと”の優先度がはるかに高いことを示していて、そういう価値観の世界にカスペルや少年が生きてしまっていることが恐ろしい。
カスペルの恋人はリーダーにレイプされかかって、事故的に死んでしまう。呆然とするカスペルと少年を連れてリーダーは不法移民の乗った列車に強奪仕事をしにいく。その列車の屋根に乗っていたサイラをレイプしようとしたリーダーをカスペルは発作的に殺してしまう。殺害後、カスペルは列車に乗ってはいるけれど、逃げているというよりは、自分を抹殺しにやって来るものの足音がひたひたと近づいてくるのをじぃっと聞いて待っているような感じ。デジカメに撮った彼女の動画を何度も何度も観ながら、からっぽの心を抱えてる。なのに、サイラはカスペルに惹かれて、迷惑かけまいと列車を下りた彼を追いかける。なんでそんな行動するかなぁ、と思う。カスペルが、「自分といるのが一番危険だ、どうしてそれが分からない」と言うけど、まさに同じことを映画を観ている自分も思ってました。でも、サイラは夢見る少女なんだよなぁ。少女マンガに憧れる女の子みたいなもので、運命の出会い(自分をレイプから救ってくれた)とか、過酷な旅を共にしているという連帯感とかで、運命の相手として相手を理想化しちゃってるんですよね。サイラくらいの歳の子ならそう思っちゃうよなぁ。それも、たまたまカスペルが男前で、憂いを帯びてたりするからだよね。
カスペルは戸惑いつつも、恋人を殺されてから空っぽになってた心に少し「頼られている」ということから生じる希望が生まれてきたような感じがした。そんな希望の芽は、あらわれた瞬間、摘み取られる運命だけれども。しかも、それはカスペルが映画冒頭で組織へ導いたあの少年によって躊躇なく銃弾を撃ち込まれ、その後、組織の連中から蜂の巣にされるという形で。少年は組織に属することがすべて、組織に認められるためなら、親しくしていたカスペルだろうと殺す。うろおぼえだけど南アフリカ舞台の『ツォツィ』とか少年兵の現実を描いた『ジョニー・マッド・ドッグ』など、貧困や社会の厳しさゆえ生まれる少年犯罪の現実を描く映画は観ていてつらくなるけど、平和に映画を観ている同時刻に地球の裏側ではこんな現実があるのだな、と知ることができる。それも映画のもつ力のひとつだな、と感じたりする。
サイラは旅を続けるけど、カスペルの死を経て彼女はすこし変わったかもしれない。当たり前のことかもしれないけれど、命ある限り生きなければならないんだ、と。父の分、カスペルの分、カスペルに助けられ生かされた分もこみで、自分のために。
『闇の列車、光の旅』(2009/アメリカ=メキシコ)監督:キャリー・ジョージ・フクナガ 出演:エドガー・フローレス、パウリーナ・ガイタンほか
http://www.yami-hikari.com/ ※公式サイトのストーリーはかなりネタばれてます。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD16335/

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