『大鹿村騒動記』

大鹿村騒動記』の完成試写のときに登壇した原田芳雄さんの容貌をTVでちらっとみて、すごく驚いた。そして一般公開がはじまってまもなくの訃報。このタイミングだから、遺作を観ようと足を運ぶ人も増えたと思う。死をもって自らの作品を最後に勢いつけて送り出したようにも感じられて、そんな意味でも原田さんは役者人生を全うされたんだろうか、と思いつつ、映画館に足を運びましたよ。
役者陣がとにかく豪華で、出てくる人たちみな色が強くて「あ、でんでんだ、あ、石橋蓮司だ、あ、松たか子だ」とイチイチ主役級の人がひとつの画面上に一緒に存在しすぎてて、豪華なおかずで埋め尽くされたお膳みたいな感じがちょっとしたかな。また、そんな豪華な役者陣それぞれの見せ場を作ろうとしてか、いきなり三國連太郎が戦争体験語りはじめたり、松たか子が強引に話はじめたり、冨浦くんが性同一性障害を告白したり、瑛太がバイクでこけたりするところなど、唐突かつ継ぎ接ぎぽく感じる箇所もいくつかありました。同じ邦画でも『マイ・バック・ページ』は、脇を固めるキャスティングで舞台俳優の方が多く出ていた。舞台に詳しくない自分は、ことさら、それぞれの役者さんにまとわりつく先入観がない状態だったので、主役級の俳優陣+ガッチリ脇を固める俳優陣のメリハリのあるキャスティングで、物語に集中できた部分もあった。…でも、この映画は『マイ・バック・ページ』なんかとは物語の質が全然違うので、豪華なキャスティングの、それぞれの役者のもつ雰囲気や観客側が彼らのキャリアに対して抱いているイメージ込みで楽しむべき部分もあると思う。コメディだからな、この映画。コメディはキャラが重要ですからね、とくに主役の3人、原田芳雄大楠道代岸辺一徳の3人のキャラと演技こそがこの映画のキモなのです。
治ちゃん(岸部一徳)と貴子(大楠道代)は18年前に駆け落ちしたけど、貴子が脳の病により記憶がダメになっちゃったんで、困った治ちゃんは貴子の夫である善ちゃん(原田芳雄)のところに彼女を返しにやって来る。…とにかくこの3人がいる画面がしあわせなのですよね。会話の自然さ、しぐさ、間合い。とくに治ちゃんと善ちゃんの会話がおもしろくて、客席からはクスクスと自然に笑いが起こっていました。空気感や微妙なセリフの間合いなどが観ている側の肌に伝わってくるように感じられる、という邦画のいいところが出ている。岸部さんのナチュラルさは反則レベルです。あと、大楠さんが演じる脳をやられちゃってる貴子っていう役は、彼女のための役、という感じでした。大分以前に『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』を観た(けど相当なるうろおぼえ…)ときに大楠さんはちょっとエキセントリックであやうい女性を演じるのがとても似合っているなぁ、と思ったのでした*1。ちょっと脱線しますが、『ツィゴイネルワイゼン』は内田百けん*2の傑作短編『サラサーテの盤』を中心に、ほかの百けん先生の『冥途』とか『東京物語』に収められてる短編の要素もいろいろ抽出し、鈴木清順監督の手腕で見事に映像化したものでした*3。百けん先生の小説に出てくる女性はとにかくあやしいし、あやうくて、男はそんな女に気を惹かれてしまう。彼女らは、この世とあの世とか、夢と現実とかの境界を行ったり来たり佇んだりしているみたいなのです。大楠さんにはそんな女性を演じられる存在感がある。今作においても、記憶が欠けたり、性格が豹変したりするけど、どこかいとおしい、たまにアッチに行っちゃうけど、たまにコッチにも帰ってくる、そんな貴子を原田さん相手に演じるには、大楠さん以上の人はいなかったかもしれません。そんな貴子に振り回されつつも、彼女が自分の傍にいてくれることで得られる時間を大切にしたい、という善ちゃんの想いがゆるやかに観ている側に伝わる。原田芳雄は、彼自身の存在感が漂わせる、チャーミングさ、やさしさ、ユーモアと、善ちゃんという役柄がぴたっと合っている幸福な演技をのびのびとしてして、それがこの映画ところどころで感じることができる幸福感の所以かな、と思いましたよ。

大鹿村騒動記』 (2011/日本)監督:阪本順治 出演:原田芳雄岸部一徳大楠道代石橋蓮司佐藤浩市三國連太郎松たか子小倉一郎、でんでんほか
http://ohshika-movie.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18022/index.html

サラサーテの盤―内田百けん集成〈4〉 (ちくま文庫)

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百けん先生 月を踏む (朝日文庫)

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久世光彦さんの作。百けん先生の小説が好きな人におすすめ

*1:大楠さんと原田さんは『ツィゴイネルワイゼン』で共演してましたね

*2:けんの漢字がやっぱり出ない…

*3:うろおぼえながら、すごくよかったことは覚えてる