『この愛のために撃て』

劇場予告を観て気になっていたので、映画館に足を運んでみました。
舞台はパリ。看護助手のサミュエルは出産間近の妻ナディアとつましいながらもしあわせいっぱい暮らしていたが、彼の勤める病院に、何者かに銃撃された上、交通事故にあった身元不明の男(後に指名手配犯サルテと判明)が運び込まれたことで、思いもかけないトラブルに巻き込まれていく。何者かがナディアを誘拐し、彼女の命と引き換えに、警察の監視下にあるその男サルテを病院外に運び出すようサミュエルを脅迫してきたのだ。警察へ連絡することも許されず、3時間のタイムリミットを設定されたサミュエルは妻を救うために走りはじめる。
起こっている主な出来事自体がおそらく1日ちょいのことだと思うので、映画として85分の尺にまとめて、次々とアクションを畳み掛けてくる構成で正解だったな、と思います。ちょっと踏み込んで書くとすぐネタバレになるので(普段はネタバレを気にせず書いているくせに、ですが…)、そのアクションやストーリーの詳細は書きませんが、“ものすごい意外性”などは無いかもしれないけれど、ハラハラできて、すっきり気持ちよく観られる作品だな、と思いました。
主人公が卓越した能力を持たない凡人なのに、たまたま事件に巻き込まれ、愛する人を救うため奔走するタイムリミット設定型サスペンス、という点では『ラン・ローラ・ラン』をちょっと思い出した(『ラン〜』はちょっとトリッキーですけど)。愛する人を救うため、凡人サミュエルは火事場の馬鹿力的に頭を働かせます。考えろ考えろ、救う方法や困難を切り抜ける方法を考えろ、いや考えるだけじゃだめだから、考えながら即動け、体動かせ、手を振って足を上げて走れ走れ。…というだけの映画とも言えます。それぐらいのシンプルさがよかった*1。複雑なのはノーサンキューです。
主人公サミュエルは、見た目が反則なほどの善人顔です。ジャンルとしてはぬいぐるみのクマです、クマさん系男子とでもいいましょうか。そんな彼なら観客も同情し、応援したくなるでしょう。そして目的は異なるものの、行動を共にし、同じ困難を乗り越えるバディ的存在になるサルテ=凄腕の殺し屋が、凡人にはない特殊技能でクマさんをリード&サポートする形になっています。サルテを演じるロシュディ・ゼムの顔がいいです。かなりいいです、ジャガー系男子です。そんなクマとジャガーのでこぼこコンビが一方は妻を取り戻すため、一方がワナにはめられた上、弟を殺された復讐のため、あるひとつのミッションを共同して遂行しようとする。サミュエルの愚直なまっすぐさが、非情なサルテにも若干の影響を与えるところや、サミュエルの必死にジタバタしているところが一つの見所です(特に地下鉄での逃走劇はよかった)。サミュエルがジタバタする舞台、パリがたくさん映っているのでフランス好きな方にもいいかと。
あと、この物語に別種の緊張感をもたらしている要素は、誘拐された妊娠中の妻の存在です。彼女は臨月で今にもこどもが産まれそうな上、医師からは要安静といわれている。単純なタイムリミット設定だけでなく、赤ちゃんの命、母体も不安である、というのがポイントになってます。妊婦が映画に登場すると、なんだか不安を覚えます。『ファーゴ』の女性刑事も妊娠してて、その要素がなぜか見る側にぼんやりした不安を覚えさせる。全然違うけど『ドリーム・ホーム』に臨月の妊婦を前向きに引き倒す場面、『黄色い星の子供たち』でも妊婦が転がされたりする場面がありまして、妊婦キャラが登場したときからどこか不穏で、そんなシーンがきっと来るぞ来るぞ、とわかってても目にすると血の気が引くようないやぁな感じがする。この映画でもその妊婦効果*2がサスペンスに生かされてましたね。
正直最後のエピソードはいらないかな…という気もしましたが、ジャガー系男子の冷徹な仕事っぷりを最後にもってきて余韻を残したかったのかな。実はあのエピローグがはじまった瞬間“ありえないような事件にまた同じ人物が巻き込まれるかも、的余韻で終わるのか?”と思った自分はアホですね。シリアスな雰囲気の映画がぶちこわしになるよな、そんなエピローグだと…(でもナディアがまた妊娠してたから、ついそんなこと思ってしまいましたよ)。

『この愛のために撃て』 (2010/フランス)監督:フレッド・カヴァイエ 出演:ジル・ルルーシュエレナ・アナヤロシュディ・ゼム、ジェラール・ランヴァン、ミレーユ・ペリエ
http://konoai-ute.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18853/

※サミュエルのナディアへの愛の深さ?を印象づけるため、冒頭でふたりがいかにラブラブかを描写してるんですが、それを観ながら、こんな美女がこんなクマに、こんなセリフ言っちゃうのか!という思いでいっぱいに…ま、映画ですからね、はい。
※犯罪の同時多発のシーンがあるのですが、現在のイギリスの暴動を思い起こしましたよ…

*1:まさに邦題のとおりの内容です

*2:勝手に名詞化。妊婦がいるとなにか彼女に不吉なことがおこるのでは、という不安を抱く効果…