午前十時の映画祭『サンセット大通り』

説明不要のフィルム・ノワールの傑作…ですが初めて観ました。想像以上の画質で白黒のコントラストの美しさにも目を奪われましたし、また、映画の内容的にも白黒がぴたりとはまっていましたよ。無声映画からトーキーに移行したのに、それについていけず過去に生きるかつてのスターのお話ですからね。
売れない脚本家ジョー・ギリスが、車のローンの取り立てから逃げる途中、タイヤがパンクして手近なわき道に逃げ込んだところ、そこはサンセット大通り*1に建つ無声映画時代のスターだった女優ノーマ・デズモンドが忠実な執事のマックスとふたり暮らすさびれた大邸宅だった。彼女はもはや時代遅れの存在であったが、あくまでも全盛期の大スターであった自分のイメージの中に生きていた。彼女はふたたびスクリーンに自分のスター然とした華々しい姿を映し出すことに執着し、自分の復帰にふさわしい題材として『サロメ*2を基にしたプロットを書いていた。ジョーを脚本家と知った彼女はその手直しをジョーに依頼し、彼は金銭的な面からもやむなくその大邸宅に住み込みで脚本に取り組むことになるのだが…。
この作品は倒叙法の構成になっていて、観客はジョーが死体となってノーマ・デズモンド邸のプールに浮かんでしまうことを最初に知っている。いかにしてそんな悲劇的結末に至ったかをジョー自身が語る構成になっています。今作はのちの映画にもいろいろ影響を与えたみたいですが、それも納得の古典的な完成度がありつつも、大変おもしろくて、ぐいぐい惹きつけられる魅力を今も持っているのでした。どうしてこんなにおもしろいのかな、というと…一番には、やはりかつてのスターだったノーマ・デズモンドを演じるグロリア・スワンソンの演技が、それはもう素晴らしいのです。化粧を落とした顔はけっこうな美人なんですが、分厚い化粧を施した派手な顔で、ただでも目立つ大きな目をさらに見開いたオーバーな表情が、どことなく正常を逸脱した感を漂わせている。…観ながら自分のあたまの中では「日本でノーマ役をやれるのは黒柳さんではないかなー」と思ってました、なんとなくね。
ゆるやかに軟禁され、だんだん囚われていく主人公ジョー。いつしか彼はノーマの恋の対象となっていたのですね。これがまた怖いのですよ。何度か逃げ出そうとするも*3、絡め捕られ、だんだん逃げ出す気力すらそがれていくジョーさん…この生活、案外いいかも、金には困らないし。あぁそれがダメなんだよな、人間怠惰になると不吉な渦に巻き込まれ、気づいたときには容易ならざる状況になるのにな。案の定ノーマのジョーへの執着は危険なところまで亢進してしまう…。
女優にかしづく忠実な執事マックスは、彼女の夢の世界を壊すまいと必死に守り続けている。ちょっと狂った彼女の世界を必死にささえようとする彼の無表情がまた不気味。きっと彼がここまで忠実な裏にはなにか事情やカラクリがあるはず*4…観ている自分は、彼が邸宅のどこかに常にいる、ということを感じ続けているので、彼の存在自体が映画のなかでずっと鳴っている不気味な通奏低音みたいに思いました。
ラストもまた素晴らしいです。夢にまで見たカメラの前に照明を浴びて立つノーマのうっとりして、しかし完全に狂った表情のクローズアップにスクリーンのこちらがわにいる自分も魅入られてしまうような、でもぞっとするような気持ちにさせられる。すごい…と思わず息をのみましたよ。

『サンセット大通り』(1950/アメリカ) 監督:ビリー・ワイルダー 出演: グロリア・スワンソンウィリアム・ホールデン
サンセット大通りwikiページ
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18032/index.html

サンセット大通り [DVD]

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※ノーマは自分の名前をフルネームで言うのですよね。「私はあの大スターのノーマ・デズモンドなのよ!」と。名前の呪縛よ…
※セシル・B・デミルも本人役で登場。彼の演技が上手くてね。ああいう過去のスターに絡まれる経験が豊富だったんだろうか…
※エンターテイメントの世界に限らず、こういう過去に生きる人って普通に社会にいっぱいいるよな、ということも思った。

*1:“日の入り”ってわかりやすいメタファですが

*2:もちろん主役のサロメ

*3:このあたりはで『ミザリー』を思い出したりもした

*4:というのは、最後のほうで明らかになりますよ