精神病患者というレッテルを捨てよ、社会へ出よう『人生、ここにあり!』

イタリアではパザリア法という法律が'78年に施行され、これにより基本的に精神科病院を廃絶し、精神病患者たちも地域において生きていくことになった。この映画は、その法律の施行により病院を出て、社会において生きねばならなくなった患者たちに関する事実を基につくられたそうです。近代の成立にともなって精神医療は確立され、結局それは精神障害や精神病患者を“科学的”に定義づけ、分類し、隔離するあゆみでもあったはずですよね。それに一見逆行(?)するようなことがイタリアで行われていたことをこの映画で初めて知りました。さぁ、映画の中において、病院を出た彼らは社会参加し、生活をしていけるんでしょうか…
結局彼らは行き場がなくて、病院付属の「協同組合」で、公から斡旋されたDMの封筒詰めと糊づけ、切手貼りを退屈そうにやっているのですが、それすら満足にできていない*1。そこに現れたのは、労働組合において市場原理を持ち込もうとして異端扱いされ、放り出された男ネッロ。ネッロは彼らの「協同組合」のマネージャーとなり、市場へ出ることを提案する。まずは組合員として一人ひとり尊重することからはじめる。次に組合員自身から意見を聴取し、組合員の総意を多数決で決して、組合において事業を行い市場参入するという手順をふんでいくわけです。
…と今作は社会派といえば社会派ぽいのですが、この映画の一番のポイントは登場人物の精神病患者だった皆のキャラクターが魅力的であることなのですよね。見るからにアレ?って容貌の人もいれば、一見わからないような人まで様々。なにか喜ばしいことがあるたびに両手を挙げて「エイドリアーン」と絶叫する太っちょメガネとか、父親の職業が聞かれるたび変わる人、車のスピードを出せない人、異様にこだわりをみせたり、手作りのものには毒が入ってると思ってる人とか…。いろいろのクセをそれぞれに持っているんだけど、観ながら思ったのは、意外にも皆、環境や人の意見にかなり適応しようと努めてるんだな、ということで。多数決をとるにしても、すくなからず周囲の反応に影響されたり自分が好きなあの人はどんな反応してるかな、と気にしている。それはいわゆる“普通の”人たちの気づかいとはちょっと違ってて、なかなか伝わらないかもしれないけれど。けど、そんなムリをしてみても相手に受け入れてもらえなかったり、自分のなかにあるこだわりと折り合いをつけられなかったりして、ある時、ボンっ、と爆発したりする。このあたりの感じって、むかしに読んだ『ノルウェイの森』に出てくる人の感じを思い出した。彼らは一見ひとのことは気にしてなくて、何考えてるかわからなくて、自分の世界に閉じこもってそうなのに、あるとき世界との摩擦に耐えきれずボンっと爆発してしまう…。その悲劇は今作のなかでも起こってしまうのだけど。
組合は寄木細工を生かした独創的な床貼りが評判になり、仕事が入ってくるようになる。収入を得られるようになった彼らは、もっと精力的に働くには薬を減らしてほしいと訴える。精神病者に調剤されている薬によって性的能力が抑制されるのか、なるほど。人間らしく地域で生きるにはそういう面への配慮も必要でしょうな。だって映画のなかですこし薬を加減すると、とたんに性欲ましましになって、イキイキしてくるのだから。そこから売春婦のところへ行くくだりはコメディタッチなのにやたらリアリティあるように思いました。切実なのだな…やっぱり(こないだの『剣雨』のワン・シュエチー演じる首領もそうだったな)。
彼らの物語と並行して、マネージャー:ネッロの物語が並行して進むのですが、彼も自分のエゴにこだわって、周囲が見えてなくて、組合のことを自分の夢を具現化するツールのように思ってしまっているところがある。結局、彼はアタマを打つわけですが…。これも万能+人間的に出来すぎな主人公じゃなくてよかったです。精神病者とされる人たちと普通の人とされる人たちが、関わりあって、傷ついたりぶつかったり、わかりあったり、やっぱりわかりあえなかったりすることで、ちょっと成長しているのがよかった。映画の最後の方で石頭だと思っていたドクターが、とある悲劇的出来事で意気消沈したネッロに“すべての者を救えるわけではないんだ”というようなことをいうセリフがあったと思うのですが*2、人間が寄り集まったところに生じる関係で、パーフェクトなことなんてありえない。ちょっとした作用や偶然の出会い、ちょっとした掛け違いで映画の中で起こるような悲劇的な出来事もどうしても起こりうる。救っているつもりが、救われていることもある。そんな不完全な世界に生きているから、喜怒哀楽悲喜こもごもでドラマが生まれるんだろうな、とあらためて思ったりもしたのでした。

『人生、ここにあり!』 (2008/イタリア) 監督:ジュリオ・マンフレドニア 出演:クラウディオ・ビジオ、アニタ・カプリオーリ、ジュゼッペ・バッティストン、アンドレア・ボスカ、ジョヴァンニ・カルカーニョ
http://jinsei-koko.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18468/

*1:ように見えるけど、実は芸術的なにかが隠れてるわけですが

*2:そうとうなるうろおぼえ