『監督失格』

AV女優・林由美香と一時公然と不倫関係にあった平野勝之監督は、彼女を主題とする作品を撮ることで監督として成長することができた。由美香に別れを告げられた後も友人関係にはあったが、ミューズともいえる由美香を失い作品製作に行き詰っていた平野監督は、久しぶりに由美香を起用して作品を作ろうと企画するのだが…
一部では話題の映画ですね。公開2日目の大阪の梅田TOHOで夕方のいい時間帯にもかかわらず、10人にも満たないさみしい客席でした。あらためて自分が情報を得るソース界隈(ネットとか)と、一般的な評判の差を感じましたね。『監督失格』というタイトル、AV女優が出てきてくる?そしてドキュメンタリー?など、なんだか作品イメージはつかみにくいし、泣けるとか感動とかありがちな宣伝がなされるようなものでもなく…でも人の死とその受容をテーマにしているからにはそれに絡めて「生と死を描く感動作品」路線で宣伝してもいいかもな、間違ってはないもの。宣伝って、ある種“人を釣る”面もあると思うし、宣伝により釣られた人が期待通りのものを得るか、期待外れか、期待と違ってても思いがけないものを得るのか、どれもあってもいいじゃん、と思います、映画は娯楽産業なんだから*1。そしてこの映画は、釣られて観てみて(事故的にかもしれないけど)ずしんと重い衝撃を受ける人がもっといてほしいような気もする映画でした。
映画の前半は由美香さんと平野監督が東京から北海道まで自転車旅行をした模様の映画『わくわく不倫旅行』『由美香』からの抜粋がメイン。後半は、由美香さんの早すぎる晩年とその死を遺されたものが受容する過程となっています。とはいっても『わくわく不倫旅行』も『由美香』も未見なんですが…。自転車旅行のパートにおいては、とにかく由美香さんが泣くところがたくさん映ってて、疲れて泣く、ケンカして泣く、なんだかわからないけど不安になって泣く。それらをカメラは全部収めているのだけど、それは由美香さんがちゃんと全部撮れって監督に言ってるからで。いいも悪いもすべて収めよ、それがあんたのスタイルだろ!って由美香さんは平野監督の業(ごう)をよくわかっていて、その業を自分でも引き受ける器のある人だったのですな。それが彼女がミューズたる所以だったのでしょう。でも、ああやって感情が塊になってつかえたようになり、言葉にもできず、ただ涙がぼろぼろ出たり。そんな自分がイヤだったり、でもどうしようもなかったり、とにかく自分で自分をコントロールできない部分の生々しさがそのままスクリーンに映し出されるのを、うわぁ…と思いながら観てて、すでに前半から疲労してきてた。しかも礼文島に着いて東京に帰る前にケンカして、その不穏な空気までそのままに観せられては。平野監督は旅すげえ、ロマン!的なモードになっているけど、それに対して由美香さんはクールな反応で監督は苛立ってる。監督のナルシシズム的なところを冷静にみてる由美香さんがいて、監督との温度差があるのな。だから旅が終わって別れたのもどこかわかるような気がした。あと、結局これ不倫だものな。そこは大いに本気で突っ込みたいです。不倫て、関係性が最初からいびつだよ。
後半は由美香さんの死と遺された者たちの彼女の死の受容の過程が映し出されます。死体の第一発見者は平野監督だった、しかもカメラがまわっていた。その映像の衝撃はそれはもう語るに及ばず。監督に呼ばれて部屋を開けにきた彼女のママが、言葉にならないような言葉で泣き叫ぶさまを床に置かれたままのカメラが映し続ける。愛する者の突然の死を受け入れることはできない。まして関わりの深い人々にとってそれは重い。「生きているうちに自分がしてやれることはなかったのか?彼女は死なずにすんだかもしれない…」という後悔の念に囚われる、とくに由美香さんのように自死のようにも思える事故死ならばなおさら。結局、平野監督は彼女の死の衝撃から作品を撮れなくなってしまう。それを彼女の死に囚われているせいと思ってたのが、逆だった:監督が由美香さんにしがみついてたんだ、と気づいて、やっと監督は『監督失格』という作品を完成させることができた。自転車旅行前の若くてぷくぷくした由美香さんの「しあわせだよ」といいながらふっと眠りに落ちるように目を閉じる美しくて哀しい映像じゃなく、由美香さんとさよならをしなければならない、と泣きじゃくる今現在の自分を撮れたことで、やっとこの映画は完成させることができたのだな。生きている者は生き続けなければならないから、終わってしまった美しい思い出に閉じ込もってちゃいけない。平野監督はケンカなどのむき出しの感情が吐露される場面でカメラを回してなかったので、由美香さんから「監督失格」と言われた。でも、今作で平野さんはむき出しの感情をさらけだす自分を撮れたことで、由美香さんにさよならして監督としてまた歩みだすことができる…のかな?それとも、なかなかそんなにうまくいかないかもしれない…?それはまだ、監督の生きてこれからも続いていく人生のなかで成されていくことだろうから、いまはまだわからないよね。

監督失格 (2011/日本)監督:平野勝之
http://k-shikkaku.com/ ※公式サイトに弟さんの文章が載っててそれがまたよかったです
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18515/

※由美香さんの若いころの幼くてぷくぷくした顔のしあわせそうなのと、晩年の痩せた顔の対比がまたなんだか切なかった。
※北海道から帰る電車のなかで監督が由美香さんに「ごめんね」といったとき、思わず彼女の顔がくしゃっと崩れるのがかわいかったな。彼女はそんな普通の女性なのです。

*1:やりすぎはアレですが