『密告・者』

ニコラス・ツェー、ニック・チョン主演の『密告・者』を観みました。警察が潜入捜査官を組織に送り込む『インファナル・アフェア』では、潜入捜査官の任務遂行のスリリングな展開にハラハラしたのですが、今作はそんなリスクは外注、委託して金で解決する。つまりはイヤなものや痛みは身内に抱えない:警察が挙げたいと思っている組織に潜入させるのは、元犯罪者。彼らの弱みにある種つけこんで、警察の犬(密告者)として飼いならそうとするわけです。そのリスクの対価として報酬(金)を与える…と、本当に犬といっしょだな、狩猟につれていき、無事獲物をゲットしたらご褒美にエサをやるような関係。
でも、そんなの上手くいくのかな。警察は情報を得、密告者は金を得、悪者は検挙できる、という理想的な歯車がうまく回し続けられるなんて…人間が関わる限りそんなことありえない。失敗もすれば、感情に流されたりすることもある、だって人間だもの*1。ニック・チョン演じる香港警察犯罪情報局の捜査官ドンは、人を騙し/裏切る立場にあるがゆえに孤独である密告者に、自分が唯一の理解者である、という親密感を感じさせつつも、その実、ちゃんと割り切って、上手く密告者を “使って”出世してきたわけです。しかしとある事件において密告者の安全を守れなかったがゆえに、彼は、密告者の人生および自分と妻の人生において取り返しのつかない代償を払うこととなってしまう。主人公のこの蹉跌が、ドラマの推進源になっていますよ。
一度なされたことは時計の針を巻き戻すことはできず、取り返しがつかない。その後悔の中にしか生きることができなくなってしまったドン捜査官はある意味でニコラス・ツェー演じる密告者サイグァイ以上の孤独と絶望の中にいるかもしれません。サイグァイは借金のカタに取られた唯一の家族である妹を救うことだけで頭がいっぱいで、つまり彼には愛すべき存在が、自らを賭してでも救いたい存在がいるけれどドン捜査官にはそんな存在はいない…というか自分のせいで彼らの人生を台無しにし、自分をも傷つけてしまった。ある意味失うモノがもう無い状態という意味では彼はサイグァイよりも追いつめられた感を持って生きているのかもしれませぬ。実直メガネと柔らかげな物腰に穏やか冷静なキャラと一見みえますが、最後の方でリミッター全外しになってからの展開に、彼の絶望の中にある真の姿があらわれてきたと感じられました。
一方のサイグァイには妹、そして潜入した先で知り合った女との関係において、生きたいという欲求がある。だからジタバタ逃避行をするわけです。前半にしつらえられたカーチェイス、金の強奪〜仲間割れしてからの女を守るための逃走劇、ここのアクションは見ごたえありました。カーチェイスは香港の街並みの中をぶっとばすのが気持ちよかったけど、旧校舎での机や山盛りの椅子を使っての追いかけっこがおもしろかったな。机とか椅子の組みあがってる隙間から相手が見える、という効果もあるし、それらが崩れたりすることで道を阻まれたりする可動性の効果というのか。
ニコラス・ツェーの、密告者ゆえのオドオドした挙動の若干の怪しさや、自分が守りたいもののために奔走するさまもよかったけど、なんといってもニック・チョンの感情を抑えながらも絶望の中に落ちてしまった苦しみをたたえた演技がよかったです。二人は互いに生き延びたいと思っていたはずなのに、ちょっとした運命や偶然の連鎖のなかで、刑事は死の方にぐっと引き付けられてしまうことになり、密告者は生き延びて大切なものを守ろうと必死になる。なのに最後に待ち受ける2人の運命は皮肉なものよな。そのすこし苦いラストも含めて、よかったでしたよ。
『密告・者』(2010/香港)監督:ダンテ・ラム 出演:ニコラス・ツェー、ニック・チョウ、グイ・ルンメイ、リウ・カイチー
http://mikkokusha.net/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD19541/index.html

※金をあんなに簡単に溶かして再成型できるのかか、とはちょっと思った。できたてホカホカをボストンバッグにいれて運ぶ…。

*1:みつを…