午前十時の映画祭『タクシードライバー』(1976)

青の50本のラインナップが発表されたときに『タクシードライバー』の名を見つけて、絶対観たいと思ってました。むかし観たときは、強い印象は受けたけれど、正直そこまでトラヴィスに感情移入する、ということはなかったのです。さて、年月を経て今度はどんなふうに感じるだろう、というのが楽しみだったのですが、今回観て、とにかくトラヴィスの孤独に恐れをなしました。何となく想起したのは、途中でツラくなってきて(作品の質が云々ではなくその熱量がすごすぎて)途中までしか読んでいないけど、町田康の『告白』の江戸後期*1の前近代にあって“自我”が目覚めてしまった孤独な主人公。中上健次の『十九歳の地図』。もしくは、秋葉原の無差別殺傷事件…。学歴もなく知己も少なくコネもなく社会のメインストリームではない、で も 俺 は 他 と は 違 う ん だ、 社 会 の ほ う が ク ソ な ん だ という自意識。こんなオレのことを理解できるような者は周囲にはいない、と半ば諦めつつ誰に対してともなく憤っている、しかし、誰かわかってくれるものを求めずにはいられない焦燥。こんなこじれた自意識が生じた原因は、戦争?社会?孤独?トラヴィスの生来の性向?…たぶんそれらの入り組んだ複合体。
トラヴィスは自分の側に属し、自分を理解してくれるだろう唯一の存在を見つける。それは女性の姿かたちをしていた。…トラヴィスは大統領候補者の選挙事務所で働く女性ベッツィーを勝手にマイ天使に認定するのだけど、それも結局は彼女の美しさに一目ぼれしただけ。現代で二次元の彼女に入れ込むのと変わらないのよな。「彼女は自分のことわかってくれる」と思い込んで、ポルノ映画館にデートで連れ込んで、フラれて激怒する自分勝手なトラヴィス。これで敵の姿がはっきりした。彼女の推す候補者を殺せば社会的にも自分の名をあげられるし、彼女も困らせられる。…自分を理解しようとしない社会への報復、鬱屈した生活に風穴をあけるため行動を起こそうとするトラヴィス。銃を買い、カスタマイズし、鏡に向かって仮想のセリフ練習“You talking to me?” コトを起こす準備をするところはどんな映画でもアガるのですが、今作のこのくだりは映画史に刻まれていて、多大なるフォロワーを生んでいますね。どんどん狂気の度を増していくトラヴィス…そして一挙にラストまで畳み掛けますよ。でもこれって一人の男の壮大かつ迷惑な八つ当たりだよなー…。それだけにラストの新聞記事のところ*2はかなり皮肉がきいてます。
冒頭のもくもくと湯気のあがるNYの街並みに不穏さをあおるようにかぶさる音楽、NYの街並みと種々様々な乗客、トラヴィスの孤独…。なによりも孤独は人を狂気にも陥れるし、社会生活を成り立たせるためにあるだろうリミッターも簡単に外してしまうおそろしいものだ、と感じさせられました。秋葉原の事件の映画化もトラヴィスのように犯人の内側からの声で成り立たせると、どうだろ、と思ったりもしましたね。あとハーヴェイ・カイテルもよかったなー、ダメダメ男で。
『タクシードライバー』(1976/アメリカ)監督:マーティン・スコセッシ 出演:ロバート・デ・ニーロシビル・シェパードピーター・ボイルジョディ・フォスターアルバート・ブルックスハーヴェイ・カイテル
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD2516/index.html

*1:だったと思う

*2:少女売春婦を救いだしたタクシードライバー、とトラヴィスをヒーロー扱いする見出しの新聞記事