『哀しき獣』

これまでも秀作を生み続けてきた韓国バイオレンス映画の系譜に連なるだろう『哀しき獣』は前評判も高く、ずっと楽しみにしてました。
中国に居住する朝鮮族の男、グナムが主人公。妻は韓国へ出稼ぎにいったのだが送金も連絡も途絶えている。ひょっとして:浮気?…イラ立つグナムは借金返済*1のために賭けマージャンをするも負けっぱなし。そんな折、マージャンで同席したミョン社長から借金が帳消しとなる報酬と引き換えの替え玉殺人を持ちかけられ、グナムはそれを請け負う。ミョン社長の手ほどきで韓国に密入国し、殺人の準備を行うとともに、失踪した妻を探しはじめるのだが、帰国の便のタイムリミットが迫る…
韓国に着いたグナムは繁華街にあるキム・スンヒョン(殺人のターゲット)の自宅に出かけます。現場を下見をし、ファミマでインスタントラーメンをすすり、ターゲットの行動を研究し、露店で安いデジタル時計を買い、殺人シミュレーションをする、というこのシークエンスがとてもいい!そして、代替殺人を実行しようとした矢先、グナムより先にターゲットを殺りにきた怪しげな男らが…、そしてすべてが終わった現場を後にしようとしたグナムは駆けつけた警察から必死に逃げる(ここも良い!そしてもはやお約束となった韓国警察の無能さよ…)。グナムは実際にはスンヒョンを殺害はしていないが、殺人犯として追われることになる。ここでうさんくさそうなキム・テウォンという社長の部屋に場面が切り替わり、警察より先に犯人を見つけろ!と怒鳴る。そして警察も必死。ここで『息もできない』『生き残るための3つの取引』に出てた渡辺いっけい似の人が刑事役で登場し気分がアガる!警察が検問でグナムを見つけたのに取り逃がすシークエンスの滑稽さ、人間臭さもおもしろい。
しかし段々とお話しの筋が自分には見えにくくなってしまったのです。以下ネタバレつつ書きます。

  • スンヒョンの命を狙ったのは何者でどんな動機からか?
  • ミョン社長は代替殺人を誰から請け負ったのか
  • ミョン社長はグナムに殺人をさせたのち、携帯番号を変え、彼の帰国の道も断っていた。最初から彼を捨て駒扱いするつもりだったのか?
  • テウォン社長はなぜスンヒョンを殺させたのか?彼の事件へのかかわりは具体的にはどのようなものなのか?
  • ミョン社長はテウォン社長との取引きをする時点でどこまで事態を把握していたのか?
  • 最後にでてきた銀行員は?スンヒョンの妻との関係性は?
  • グナムの妻は結局殺されたのか?生きているのか?

上記のようなポイントが進むにつれ解き明かされていくんだろう、と思っていたのですが、ぼんやり輪郭はつかめるけど、正直なところなんだか分かりにくかった…。どんな映画でも観るときは、行間を埋める、というか、想像して“こういう行動をしてるのは、前のアレがこういう意味で伏線になってたのかな”というふうに補完して観ていくし、それでも結局よくわからないままの部分が残るのは頻繁にあるので*2、あまり気にしないし、時間が経ってから突然腑に落ちたり、誰かの感想や解説を読んで納得したりすることも多い。それに映画などにおいて、すべての事柄がすべて因数分解できてすっきりした解がでるとは思ってない。でも今作は説明が少なくて、ストーリーが捕捉しきれず、ちょっとノリきれなかった。あと、話の重要なバックグラウンドである朝鮮族について知らなかったというのも大きかったかな。
最後に突如浮上する銀行員。コイツが物語のオチのポイントを担っているのですが、その登場の唐突感を納得させられるような説明が不足していたような…彼について説明するセリフがこなれてなくて、ついていけなかった。街でたまたま殺人のキーに関わる情報をペラペラしゃべってた人間を捕まえてきてリンチし、吐かせたその何行かのセリフにこの急展開のオチがすべて詰まっているというのが…もうちょっと描写や伏線を積み重ねてもらえればすっきり理解できたかも。それに、自分がどうしてこんな事態に陥れられたのかを知りたい、と言ったグナムは、あれだけの手がかり*3で、すべてを理解したのかなぁ、物語を俯瞰して観ているはずの自分でもかなり混乱したけど。でも銀行に行ったグナムが窓口でスンヒョンの妻と相対している銀行員をじぃっと見つめる眼差しは真実を知った者の眼みたいだったよね。
さて、そのスンヒョン殺害事件の真実は、スンヒョンの妻と内通していた*4小奇麗な銀行員の男のふとした思い付きみたいな“あぁ旦那がジャマだなー消えればいいのに”という策略*5と、テウォン社長が、自分の愛人と内通してたスンヒョン憎いから殺す!というしょうもない情痴がらみの策略*6の二つの策略の交わった結果だった。つまりスンヒョンは、妻に浮気されその浮気相手から命を狙われていた and 自分の浮気相手である女を囲ってる男から命を狙われていた、ということ。こんなしょうもないことに発する不運な連鎖で、自分の家族を守りたかっただけの男:グナムを巻き込んだあげく、裏社会の実力者をも巻き込む血にまみれた殺戮につながった、ということ?と色々補完して思い描き、一人のちっぽけな男であるグナムがそんな訳のわからぬ網目に捕らわれて黄海にドボンと沈められるラストがなんとも哀れだなと感じたのですが、観ている間はごちゃごちゃしてちょっとすっきりわからない部分が優ってしまってた感がありました。
あと、後半は手持ちカメラを固定してピシッとしたショットでグナムとかを押さえてほしかったかな。ちょっと最後までグラグラしすぎのような…揺れるカメラにより、不安定さ等を漂わす効果もあるとは思うけど、哀切さや厳しさ、過酷さを描き出すには冷徹なまでに抑えたショットがあってほしかった。
バイオレンス描写は凄い熱量でした。とくにミョン社長、強すぎ!このキャラは凄まじくて、彼の生きる力はすごかった(学校で“生きる力”を教えるのにミョン社長をモデルにしたらいいかも)。包丁、ナイフ、手斧、きわめつけの獣の骨!なんでコイツを追っかけて殺そうとしてるんだろ、なんでアイツから逃れなきゃならないんだろ、と2人とも本来の目的を忘れたかのように、ひたすら狩る側と狩られる側として描かれるバイオレントな追っかけっこ部分の過剰さは、『悪魔を見た』を思い起こしました。
もう一回観ればもうすこし理解できるのかもなぁ、と思いつつ、その熱量や哀切さの余韻とわきあがる“?”とともに劇場を後にしました。雰囲気や役者陣は大変よかったけど…。観終えてしばらくアタマの中でこねくり回してやっとストーリーを整理できたかな…という感じだったのでした。でもいろいろ分かってない部分が残ってるような、もやもや…。それも字幕だったり韓国の固有名詞に慣れてなかったりするからかなぁ。あ、ところで警察はいつのまにかフェイドアウトしちゃったんだろ、せっかくチョン・マンシクが活躍するかな、と思ってたのにな。
『哀しき獣』(2010/韓国)監督:ナ・ホンジン 出演:ハ・ジョンウ、キム・ユンソク、チョ・ソンハ、イ・チョルミン、カク・ピョンギュ
http://kanashiki-kemono.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD20398/index.html

*1:妻の韓国入国のためつくった借金

*2:理解力不足は認識しております

*3:名刺とテウォン社長の今わの際の言葉

*4:その浮気の事実についての明確に描写はないけど

*5:銀行員⇒ミョン社長への代替殺人依頼

*6:テウォン⇒運転手+2人組の男によるスンヒョン殺害