『ミラノ、愛に生きる』

当初は観に行くつもりはなかったのですが、空中キャンプさんが今作を絶賛してたので、同日公開の別の映画を観るついでに行ってみようか、と思ったのでした。結果は大画面で観てよかったな、と思いました。家のTVサイズだと「あぁ、こんなのか」となりかねなかったような気がする。
舞台はイタリアはミラノ。大邸宅に住まう裕福なレッキ家の美しい女主人エンマを主人公にした情痴話で、そういう意味では三島由紀夫の小説(三面記事を基にした短編小説+上流階級を舞台にした中編)ぽい雰囲気。召使を大勢抱えていて、晩餐会的なものを開き、フェンディなどの超高級ブランドのドレスや服を華麗に着こなす美しい女主人をティルダ・スウィントンが演じています。まずは盤石だった旧体制を象徴するような、老舗の繊維会社の経営者である偉大なる男の誕生祝いに一族が勢ぞろいするシーンから始まります。なんだか『ゴッドファーザー』を思い出すような始まり方。そして、年老いたドンは自分の引退を告げ後継者の指名を行うわけですが、これは新体制に移行することで、なんらかの崩壊なり瓦解が起こるフラグが立った=物語が始まるよ!という状態なわけです。さて、今作ではどんな瓦解が起こるのかな?
エンマが息子の友人のシェフの作る料理に心底魅せられ、その料理をつくりだした才能ある彼アントニオに運命的に惹かれる。しかもお相手の彼も言葉を尽くさずとも目と目を合わせるだけで女主人の気持ちを理解し惹かれ、ふたりは情交を重ねるわけです。しかしこの情事は、思いがけない悲劇を招いてしまうのでした(うーん、その悲劇もまた三島っぽいのだ)。これだけ書くとすごくありがちですよね。ただ、極度に対象にクローズアップするカメラワーク、ふたりの肉体の重なりと、植物の肉感的な花弁、実などをカットアップしたり、このあたりは荒木さんやメイプルソープが植物をエロティックに撮ったりしてたのを思い出して、まったくもって品のあるエロス描写だな!と思いました。マネの「草上の昼食」も想起するようなところもあったな。執拗に舐めるように長く撮っているところもよかったですよ、わかってらっしゃるな、まったく、と。同様に料理を作るところやできあがった料理の美しさもエロスを感じさせたな。あなたの体の中の胃の腑に私の創り出した料理を届けん!というような感じ。そこに大仰にかぶさる時代がかったゴージャスな音楽。ドラマティックですな。冒頭のタイトル、キャストのクレジットの出方といい、少し昔のヨーロッパ映画らしいクラシックさを帯びてます。
ロシアから嫁いできた彼女は夫につけられたイタリア風の名前:エンマの仮面をつけて生きてきた。ロシア人としてのルーツであり、彼女の生来の姿にへの共感を抱いてくれていた長男を失ったことにより、彼女をその大邸宅に留めておく最後の枷が取れちゃって、自由になれる状態になった。だからあのラストなんだろうね。さて裕福ながらも愛のない家を飛び出したものの、長男を死なせた自省の思いからは逃れられず、経済的にも困窮し、歳の差がふたりの間に溝を広げ、段々と堕ちていく女主人…などと、さらにペラペラした三面記事のような三島的展開を見せてくれればさらに自分好みだったかもしれませぬが、そこに至る手前で幕切れを迎えさせる、これくらいの品のよさが今作には合ってますよ。即物的ともいえるのにどこかエロティックなカメラワーク、大仰でゴージャスな音楽やこれでもか、というドラマティック演出を堪能するなら劇場でどうぞ。(こういうタイプの映画が合わない人は全然ダメだろうけどね)
ミラノ、愛に生きる』(2009/イタリア)監督:ルカ・グァダニーノ 出演:ティルダ・スウィントン、フラヴィオ・パレンティ、エドアルド・ガブリエーニ、ピッポ・デルボーノほか
http://www.milano-ai.com/index.html
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD20376/index.html

ティルダ・スウィントンは製作陣にも名を連ねてますよ。語学も堪能ですごいですな…