『キツツキと雨』

本当はほかの映画を観に行こうかな、と思っていたのですが、そのとある作品についてのあまりに微妙すぎる感想をいくつか目にして、予定変更して観に行ったら思いもかけぬ拾い物だったのです。“ゆるい感じ”がいい方向に働いてる映画だと思いますよ。
木こりの岸克彦(役所広司)は、ある日山へ芝刈りにいったとな。すると「チェーンソーの音、ちょっと撮影の邪魔なんで」と一人の小役人風の男が駆け上がってきたのですが、ハンチング帽の彼は映画の助監督さんで、こんな辺鄙な山中で映画撮影しとるとな…。妻に先立たれてニートの息子と二人暮らしの木こりは、道で立ち往生しておった撮影隊の車を助けたことから撮影に巻き込まれ、ゾンビ役をエキストラで演じたりしとるうちに、いつしか映画製作に夢中になっとったとさ。役所さんが夢中になってるさまに、映画現場でベテランに囲まれ、役者にあれこれ言われ、自分を失ってうじうじしとった新人監督:田辺幸一(小栗旬)も次第に自分を取り戻し始めたようじゃよ…
役所さんの演技がとてもよかったです。素朴で都会人からみたら若干“天然”な田舎のおじさんという、わざとらしいおとぼけが強調されかねない…つまり演技がトゥーマッチになりかねない役柄です。都会者との絡みでかみ合わないやり取りをして、ちょっとキョトンとしてみるとか…あぁ芸達者っていわれる俳優さんがやったらクドかったろうな、と想像できる。けれど、役所さんのたたずまいの自然さでこの映画はほぼ成功している感じですよ。
あとは小栗旬のうじうじ演技。あの役は特に前半は本当に共感しがたいし、観ていてイライラが募ります。劇中の役所さんと同じように、動けないしまともに喋ることすらできないワカモノにイライラしていた(小栗さんにはかっこいい役よりこういう役の方がはまってるような気がした)。でもゆっくりと時間をかけて“アイツもそんな悪いヤツじゃないな”ってのがわかってくる。劇的なことはないけれど、それだけに観ている側も自然に彼を受け入れられるようになる。ともにフロに入り、ともに食事をし、ともにひとつのものを創るうちに段々とわかる。
映画なんて興味もなかった木こりの役所さんが映画撮影の現場に夢中になるきっかけは、無理やりゾンビメイクをさせられてエキストラで参加させられたシーンを、ラッシュの映像で見せてもらったこと、っていうのがすごく腑に落ちた。撃たれても立ち上がり腕を前に出してフラフラ歩くゾンビ姿*1の自分。小さい小さい豆粒みたいだけど映像に映ってるのをみた瞬間心臓がばくばくしてテンションあがったんだな。うまく説明できないけどソレって分かる気がする。フィルムに焼き付けられたエキストラとして演技する自分の姿、しかも林業に日々従事している自分が想像もしたこともない思いがけない自分を目の当たりにしたんだから。『ヒューゴ』でもメリエスがリュミエール兄弟の映画を観た瞬間、映画のトリコになった描写があったけど、役所さん演じる木こりも理由もなく映画のマジックにかかってしまったのでしょう。恋に落ちた人は盲目で、その恋の一途さゆえに周囲を巻き込む力があるのな。そういう思いは映画製作の大きなパワーになるんだと思う。
役所さんと息子(高良健吾)とのエピソードとか若干付け足し感があったりするところはあるけど、全体に流れるゆるやかな心地よさは、たまに味わいたい、そんなほっとするような種類の映画(あらすじで書いたように、とある架空の場所で繰り広げられるおとぎ話というか、昔話テイストというか)。助監督チーフ役の古舘寛治さん*2やガンコなカメラマンの嶋田久作さんとかキャストもよかったですよ。荒唐無稽とも思えるゾンビ映画にエキストラから超大物俳優(本当に大物!)まで、参加したみんなが、監督の頭の中にあるものを具体化するだけでなく、彼の頭のなかのヴィジョンをさらに超えるようないいものを創ろうと一生懸命な様子からは熱いものを感じました。あと今作を観たら、味付け海苔が食べたくなること請け合いでございます。ほかほか白ごはんをくるんだり、ウィンナとごはんをくるんだり、もちろんぱりぱりぱりぱりとそのままでも。
『キツツキと雨』(2012/日本)監督:沖田修一 出演:役所広司小栗旬高良健吾臼田あさ美古舘寛治
http://kitsutsuki-rain.jp/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD19840/index.html

*1:ちなみにオーソドックスなゆっくりゾンビです

*2:マイ・バック・ページ』の演技も印象的でした