大人って汚い『スーパー・チューズデー〜正義を売った日〜』

民主党の大統領候補選出のための選挙戦に立候補した州知事のモリス(ジョージ・クルーニー)の選挙対策ブレーンとして働くスティーヴン(ライアン・ゴズリング)が主人公。彼は、モリスの政治理念や姿勢に惹かれ、同じくブレーンのトップであるキャンペーン・マネージャーのポール(フィリップ・シーモア・ホフマン)の片腕の広報官として働いていたのだが、やがて政治の世界の思わぬ裏側を目の当たりにしていくこととなる…
『スーパー・チューズデー』はある種、通過儀礼の映画であったのかな。なぜか思い出したのは樋口一葉の『たけくらべ』みたいな感じでして。『たけくらべ』は美登利という少女の淡い初恋などの子どもらしい、みずみずしいピュアネスを描いているのですが…文学研究的にはあれは処女を失っただの、そうじゃなくって初潮だの、諸説ありますが、まぁ、おそらく女性である自分の身体を商売の道具にすることとなってしまったのは間違いない、というラストでおわります。小説冒頭の美登利と最後の美登利は同じ人物でありながら、全然違うのですよね。面影や眼差しがなんだか異なっており、それは「こどもらしいなにか」を失ってしまった、「知ってしまったからにはこどもには戻れないところにきてしまった」という寂しさというか切なさというかあきらめというか…なんだかそんなものを帯びている。『スーパー・チューズデー』におけるゴズリング演じるスティーブンは信じていた/信じたかったことを、どうやっても信じられなくなってしまうに至る男の物語。それは、人間の裏側を知り世知には長けるようになったものの、大切ななにかを失ってしまったかのようです。でも、それこそがある種「大人になること」ともいえるのかもしれない。二度とそれを知る前の状態には戻れない、という点でもね。最初と最後にスティーヴンがマイクチェックする、というとてもよく似たシチュエーションのシーンを持ってくることでそのコントラストは鮮やかに描き出されている。同じようにマイクチェックのための上っ面なコトバをしゃべっているようでいて、その意味は全然ちがう。冒頭では単にマイクチェックのためのテスト用のコトバという意味合いだったけれど、ラストは真にコトバが上っ面なものになってしまっていることをスティーヴンは噛みしめているかのよう。この二つのシーンのゴズリングは明らかに別人のような表情をたたえております。
男はなんのために生きるのか、というと今作のゴズリングやクルーニーは「信念」のためで、そんな“抽象的概念”のために必死になっている…かのようで、結局は権力やら自分の体面やら仕事やらポストやら“具体的に得られる結果”のために立居ふるまっているんだ、ということが段々と露わにされていくという皮肉な構造。裏から工作してアレコレ手段を選ばず目的のためには手段を択ばないようなシーモア・ホフマン演じる選挙参謀のポールこそが実は最もピュアな信念に基づいて行動していたというのもまた皮肉。
そんなふうにロマンを追い求めてしまったり、その実、卑近だったりする男たちに比べて、女性の扱いが大変軽かったですね。ジョージは妻もこどもも選挙のPRとか演説のネタのために利用しているようにしか見えないし、インターン*1エヴァン・レイチェル・ウッドもあまりにも、男(スティーヴンやモリス)にとって都合のよい=彼女にとっては悲劇的な最後を迎えるわけです。なぜそこまで自分を大切にしないのか、もっとしたたかに生き抜く力はありましょうに。これまでに大統領にまつわるインターンの女性がセクシュアルなスキャンダルを巻き起こした時もしたたかだったじゃん。そこらあたりがかなりご都合になってしまってるな、という感はありました。今作における女性の描き方は結局は道具でしかなかったのよな。それはどうかと思ったけれど、ある意味、政治の世界においては女性って所詮そんな程度の軽さってことでしょうか?
テンポよく物語が進み100分くらいの尺に納まっているところや、大きなアメリカ国旗の裏でぶっちゃけた話がなされている、というような見せ方も分かっている感じ。ゴズリングのきょとんとしたような「で、なにか?」と問いたげなあの表情やスマートなスーツ姿、メガネ姿が堪能できます。クルーニー、シーモア・ホフマン、ポール・ジアマッティも安定感がありました。でもちょっと驚いたのはマリサ・トメイが老けてることだった…
しかしアメリカの選挙も独特やのぉ。
『スーパー・チューズデー』(2011/アメリカ)監督:ジョージ・クルーニー 出演:ライアン・ゴズリングジョージ・クルーニーフィリップ・シーモア・ホフマンポール・ジアマッティほか
http://supertuesday-movie.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD20827/index.html

*1:ベタな設定