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『苦役列車』

実は『ヘルタースケルター』を観たあとにハシゴしたんですね。で、『ヘルター〜』のタイトルデザインがなんか自分にはピンとこないなぁ、という感じとかをもやもや抱いたままだったんですけど、『苦役列車』が始まって、オープニング:波がどどーんと岩にあたって砕ける三角形の東映マークがずずんとズームアップで出てきて、続いて昭和くさい「苦役列車」のフォントが大写しになった瞬間、すっかりこの映画の舞台立てに持っていかれた感じでしたね。続いてやっぱり昭和くさい(いや昭和なんですが)覗き部屋のやる気のない呼び込みの兄さんを固定カメラで映ってて、その横長の構図のなかに昭和貧乏くさい風体の未來が現れた瞬間、さぁ主人公が登場したぜ、という“待ってました”という感じ。
とにかくもって、画質がすばらしい。『マイ・バック・ページ』と似た質感なんだけど、より泥臭く昭和方面に洗練されておりました。そこに白抜きで説明字幕がまた昭和フォント、たまらぬな。昭和昭和といってますが、決して理想化した、懐古趣味の“むかしはよかった”昭和じゃないのですよ。しみったれた、貧乏くさい、しょんべんくさい、地べたはいつくばって、風俗街もべったべたで、路地には路地の話法/論理があって、おっさんの論理がぶいぶい幅を利かせて、コンプライアンスも適当で、飲食店の床は油でべたべたしてて、タバコで時間と空間が埋め尽くされるような時代。その匂いや汚らしい生理的にムリやん、というレベルのものをしっかりかっちり描いてるし、それを十全に体現した演技をしている森山未來は期待どおりというか期待以上にすばらしかった。今年の日本映画の主演男優賞は主人公:北町貫多を演じた未來以外にありえないでしょうよ。
脇役にまで行き届いたいい顔揃いに唸ります。マキタスポーツも芸達者だし、覗き部屋のおねえさん方、カラオケで『襟裳岬』を歌うおっさんとその微妙な下手さ加減、西武ライオンズ帽のおっさん(このおっさんのくだりは最高ですよ!)、家主のばさん、覗き部屋の呼び込みおっさん、むかむかするサブカル女。貫多の友達である正二の彼女=サブカル女の「中沢新一さんのトークの司会っていっても、あいずち打つだけだよ、ちょっと四方田犬彦の本読んでるからって、そんなところに駆り出されちゃってぇ」っていう絶妙な固有名詞の出し方とか…人脈ひろげてマスコミ業界に入って華やかな感じにいきたいなぁという下心とか見え見えで、とにかく超絶ムカつくので、貫多が酔っぱらってキレて、「こぉのコネクレイジーがっっ!」と看破するところなんか、スカッとしたなぁ。段々と貫多のことがうとましくなってきた正二が、貫多に「映画の『コブラ』ってのがおもしろいらしいぜ、観に行こうぜ」と誘われたのを断ったくせに、サブカル彼女に心酔しちゃって、映画や文化サイコーって感じで浮ついてるわけですよ。そんな正二に「おめぇらの好きな映画と僕の好きな映画のどこが違うんだ!」と“ニューアカが流行ってるみたいだからそんな時流に乗っかってる感じの軽薄なお前ら”への容赦ないひどい絡み方…とにかくいろんな場面で痛快だったり笑ったり、でもどこかしみったれて、嫉妬にまみれてたりする貫多は、映画のなかで生きて血が通ったキャラクターなのですよな、つくづくと。
青春の一場面のようにうつくしい海の場面も忘れがたいし、鬱陶しくてたまらないし身近にいたら超絶ヤだろうなぁという貫多にお金まで貸したり*1、彼女を紹介したりするどこか憎めない人のいい正二のいやみのない素直な感じを高良健吾がうまく演じてた。どこまでも迷惑なヤツで、落ちるとこまで落ちてグダグダだし、3年経っても*2まったく進歩なく同じ覗き部屋に通ってる貫多、だけどラストで貫多に変化が訪れる。"とにかく書き始めてみるんだ"。そう、最後に小説家の誕生の瞬間に立ち会うまで、彼が書き始めるまでの揺籃期の物語。自分はこの映画をとても好きだと感じ、満足して映画館を後にすることができたのでした(その日一本目に見た映画のことはすっかりふっとんじゃったね)。
苦役列車(2012/日本)監督:山下敦弘 出演:森山未來高良健吾前田敦子マキタスポーツ田口トモロヲほか
http://www.kueki.jp/index.html#
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21255/index.html

*1:貫多みたいな人間こそ“貸した金はあげたと思え”というタイプなのに

*2:最初5年と書いてたのですが3年では、とご指摘いただきました。…うろおぼえですまぬです