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躁と鬱の間で『それでも、愛してる』

ポスターには『心温まる感動作』と書かれてました。『うつになっても大丈夫』みたいなコピーも書いてたっけ。ポスターや予告の感じからして、こう予想していた。
鬱になった男(メル・ギブソン)。鬱々として、なんのために生きているのやらわからなくなるような日々。ジョディ・フォスター演じる妻は見守り、支えようとしてたが改善の兆しはみえない。そんな折、男がひょっこり拾ったビーバーのマペットを何気なくはめたところ、それにより自分を解放し、鬱の底から這いあがる契機を得たのであった。夫を見捨てずにきていた妻もかつての健康だった頃の夫とは違うけれど、鬱というツライ病の底の底から再び浮上してきた夫を受け入れ、弱々しいながらも生を志向しはじめた夫を愛しはじめ、再び家族で歩きはじめるのであった…
や、それがですよ。全然ちがうやん!!!
本当に驚いた。いやいや、途中まではたしかにそう。ごみ箱に捨てられてたパペットを拾ったメルギブ演じるウォルターが、死のうとシャワーカーテンのポールにネクタイをぶら下げるも失敗。ボロボロの状態で床に転がってたところ、マペットをはめた左手が語りかけはじめる。お前はそのままでいいねんで、お前はなーんも悪うない、気力を失ったお前のかわりに、オレ、ビーバーがバリバリやったるでぇ。そのコトバどおりビーバーは快活で前向きでアイディアに満ち、生にあふれ性的衝動にもあふれている。うつ病のウォルターを正反対なのですね。おかげで夫婦仲も下のこどもとの間も仕事もうまくいきはじめる。ウォルターの心の奥にあった本音を引き出して吐き出しつつ、うまく立ち回るビーバーのおかげですべて円満に…
いやいやカンのいい人は気づいたでしょう。それって単なる“躁状態なんじゃ…”はい、そのとおり。躁状態の人に接したことあるんですが、すごいんですよね。例えて言うなら、自動車のタイヤが限界超えてぐるんぐるん回ってバーストしそうな感じなんですよ(このたとえわかりにくい?)これがメルギブ迫真の演技。よかったですよ。その迫真の演技に躁状態こわい…と。最初はかわいい救世主のように見えたビーバーが段々悪者のように見えてくるんですよ。悪魔のようにすら見えてくる。左腕がひたすら元気で憔悴していくメルギブ本体…左腕と取っ組み合いのケンカをしはじめるメルギブ…まさかのサイコホラーですよ。すごい。そうしてその先に待ち受けるのは、ある意味想像できる範囲内のことだけど、最悪の選択です。
過去の自分を振り返ることやありのままの自分を受け入れることを拒否したビーバー=ウォルターは結局逃げをうってただけで、頭のどこかがクラッシュしていたわけです。バーストして最悪の結末をむかえる。でも、、それでも愛してる。あ、タイトルに帰ってきた。鬱である自分を受け入れ、自分の一部がクラッシュしてることを受け入れる。否定してもはじまらない。それは鬱の父を嫌ってた長男にもいえること。見ないようにしよう、イヤな父を拒否しよう、自分のなかの父の痕跡を消そうとしようとしていた長男も、彼の同級生のチアリーダーな一見勝ち組女子も、みんなそう。いったん受け止めること。そこから、やっとスタートラインに立って前に向かって歩くことができるというわけで。
メルギブ演技といいサイコホラーな展開といい、これはよかったな。うつ病にも興味がある方も見てみてほしいな。ひとごとではないかもしれぬしね。あと、原題の『The Beaver』のままだったら余計サイコホラー感が増してよかったかも、と思われるよ。
『それでも、愛してる』(2011/アメリカ)監督:ジョディ・フォスター 出演:メル・ギブソンジョディ・フォスターアントン・イェルチンジェニファー・ローレンス、ライリー・トーマス・スチュワート、チェリー・ジョーンズ
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