女の幸せってなに『夢売るふたり』

夫婦で営むこじんまりとした心づくしの料理を出すお店、だが、一瞬の不注意により出火して全焼してしまう。やる気を失う夫:貫也と、彼を励まし、責めもせず、笑顔で支える妻:里子。しかし、そんなかいがいしい妻だからこそ却って辛さの増す夫は酒に逃げ、自棄になりかけるのだが、ふとしたきっかけで常連客だった女性と一夜を過ごし、彼女が愛人関係にあった上司から渡された手切れ金を貫也は受け取らされる。偶々出会った昔の知人から金を貸して貰ったんだ、お店の資金にしようと妻にその金を渡すが、妻はあっさりと夫の嘘に気付き、金の出所を吐かせる。それをきっかけに里子は貫也に女から金をだまし取るようけしかけ、それを新たな店の準備資金にしようとするのだが…
夫婦で結婚詐欺をするわけだけども、妻は「カモにしようとする女にあなたの情けないところをさらけだし、なにも隠すことはない」という。つまり妻がいることも、火事にあったことも、ある程度正直に吐露することで、当然のことながらリアリティがあるから女性らも同情し、いれこむ。一夜の浮気が一瞬でバレるほど不器用な夫だからこそ、この正直戦法が有効なのだ。実直純粋まじめっぽい不器用人間、あなたを助けたいの…お金をドーゾと差し出すと。そうして期待以上の成果を出す夫に里子はすこしずつ思いを複雑にしていく。
不思議なのは
1、里子はそれほど頭のまわるのに、実名で詐欺行為をやった挙句に新店をオープンしたら、この情報化社会において簡単バレるに決まってるじゃん、ということにどうして気づかないの?
2、貫也は途中で妻の鬱屈した思いを責めたり、だまそうとする女性らへの同情心のようなものを吐露する場面があるのに、平然とだますお仕事をしつづけるのはなぜ?
2番目については、まぁ、「平気でうそをつく人たち」になってるんだろうな、という感じ。それはそれ、これはこれ、みたいなね。良心の呵責と「お仕事」は別。でも1番目はどうにもこうにも理解できぬ。ひとつの可能性としては、里子は夫の浮気を知って、ちょっとおかしくなっちゃった、ってこと*1。里子の貫也への執着がすごいのよな。貫也は「こんな俺をつかんで運が悪かったと思ってるんだろ」というけれど、そうじゃない。自分を飾りたてるアイテムとしての夫、夫を利用してなんらか成り上がりたい、なんてことが主目的の女ではない。里子は貫也を好きで、彼が輝いている状態をみていたい、彼が輝けば太陽の光をうける月のように自分も照らされて暖かくなってすこうし輝けると思っている、のでは*2?彼を愛しているという情→彼の夢を叶えたい→それがひいては夫婦の、家族の、そして自分の幸せにつながるはず、というふうに彼への情や思いがあれこれないまぜになり、やがて夫は自分の自己実現に不可欠な要素になり、“執着”につながっていく。
だから里子は夫と性行為がないことがイライラや焦燥を募らせてると思うな。貫也がカモにする女に奉仕している限り夫婦のしあわせの一端を担う要素である“こども”を持てないんじゃないか…?夫婦をつなぐ絆から、“性”も“こども”要素もなくなり、“金”や“生活”に収束していくように思えてくる…その焦燥を自慰のシーンや、生理になったシーン(つまり妊娠してないというしるしである)を織り込んで示唆しているところが女性監督だから出来た(どこかしら)こわい描写だな、と思った。あまりに具体的で、かすかに匂わせる程度の演出とそれにこたえる松さんの演技に背中がむずがゆいような、気持ちをかき乱されるような、こわいような…なんだか生理的に受け入れがたいような感じを覚える*3。里子の焦燥は貫也が“こども”のいる女性をカモにしようとするところでピークに達する。貫也は単にカモにしようとしているのか?里子にはいない“こども”のいる家庭を愛でる気持ちが生じているのではないか…里子の焦燥…そしてカタストロフを迎える。里子もウェイトリフティングの彼女と同様、普通に結婚して、こどもを産んでふつうの幸せをつかみたかっただけなんじゃない?それが一時の激情から冷静な判断力を失って、おかしなほうにいってしまう。
砂羽さんのキャスティングがナイス。松たか子もすばらしい。サダヲは冒頭の料理店での女性客のあしらいのうまさがのちの女性に付け入るのが上手い、っていう点のさりげない伏線になっているし、大変上手でした。あとウェイトリフティング選手のひとみ(江原由夏)もこの人しかできない!というキャスティングであった。本当にウェイトの選手をスカウトしたのかと思ったほどであった*4…見ていてつらくなるほどであったね、そのリアリティに。安藤玉恵も安定の風俗嬢ぷり。そして誰しも印象に残ったであろう、田中麗奈のセリフ「結婚もできない女と思われるのがイヤなのよ」。まさに現代の結婚してない男女問題の縮図よな。このセリフの「女」は当然「男」でもまったく通用するし、麗奈と同じ思いを共有する男性も多かろうよ。
ただ、気になった点その1がどうしても釈然としなかったな。…まあ、でもそんな不自然な物語を肉付けするいやぁな(誉めてる)描写の数々をあじわうべき、味わい深い映画と思ったですよ。ディテールの演出がいいので、2時間超えるけど長いとは感じなかったな。すごい悲劇的な場面でものんびり癒しギターのサウンドっていうのがまた、ね。
しかし西川監督が女性を見る、その視点や観察力がこわいわ。里子は極端だけど女性のなかに彼女のような要素は一部あるかもしれんじゃん。あの札束燃やす眼差しも、食パンをヤケ食いする衝動も誰しも(多少の差はあれ)持ってるだろうよ。それは衝動だから自分でも説明不可能な感情なのよな、きっと*5
夢売るふたり(2012/日本)監督:西川美和 出演:松たか子阿部サダヲ田中麗奈鈴木砂羽安藤玉恵、江原由夏
http://yumeuru.asmik-ace.co.jp/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21590/index.html

*1:あの札束燃やす場面の眼差しはヤバい

*2:詐欺を働く決意をした里子のナレーションはカモにする女性らについて言っているようで、自分のことも言及してるように感じたよ

*3:全然貶してない。最大級の誉めである

*4:ちゃんと舞台女優さんである

*5:だから貫也にお前の真意はこうなんだろ?と問い詰められても里子は答えられない、だって自分でも論理的に説明できる感情じゃないからさ