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スパークせよ!命。アレックス・デ・ラ・イグレシア監督作『As Luck Would Have It』

すこしでも今作を観ようと思うならば、なんの予備知識も無しに観ていただきたいです。自分はそうやって観て、圧倒された。驚いて、笑って、揺さぶられて、陳腐だけど、感動したのです。2時間に満たぬ時間でこんな体験ができるから、映画を観続けることをやめられない。
ダイ・ハード』のブルース・ウィリスよりもついてない男が主人公。でもね、この映画の冒頭だけでも、この男はとてもラッキーだと分かるのですよ。だって、スタイル抜群で性格も最高の美人妻が彼に惚れてるんだから。それだけで、もう、十分じゃないかい。…でも、『ストレイト・ストーリー』で印象的だったセリフを思い出す。歳をとるのは、わかい頃のことを覚えているから残酷なんだ、みたいなニュアンスのセリフ。絶対的なモノサシなんて、人生には無いから、相対化して生きていく。誰かと比べる、ってのもあるよな。あの人に比べれば、マシ、とか。でも自分のこれまでの人生と対比するってのもひとつの在り様。思い出は輝くしノスタルジーは甘い。主人公はかつてコカコーラの広告コピーをヒットさせた、というのが輝かしい過去として君臨している。それだけに今の自分がみじめだ。過去のツテを頼って求職にいくも、コーヒーはこぼす、ビル壁面掃除の水を上からかけられる、挙句の果て、かつての仕事仲間につれなく追い返される。
そうして、家を出る前に妻と交わした会話を思い出す。もうすぐ結婚記念日だ…あの輝かしい新婚旅行の頃を思い出すために、旅行で泊まったホテルに行きたい!と自棄のやんぱちみたいに、AC/DCをガンガンに(テープで)かけてDJ風にしゃべりまくりながら、車をぶっとばす。しかし行きついた先にホテルはなく、発掘された遺跡をフィーチャーした博物館が出来ていたのだった。マスコミを迎えてオープン直前の取材を行っているところへかつての輝いていたころの面影を探すかのようにホテルの残像を求めて紛れ込んだ主人公は、とんでもないアクシデントに巻き込まれる…
ここからの流れのすごさは、観て体感していただきたいな。ワンアイディアなのにここまでディテールにこだわって、人間のイヤな面もすばらしい面もごった煮ぎゅうぎゅう詰に詰まった状態でみせられるとは。“事故”に巻き込まれたことで、午前中には誰にも気にも留められなかった男は、世界中の注目を集めることとなる。映画冒頭から見せられてきたアンラッキーがとうとうここにまで極まったか、ともいえる最悪の事故なのに、男はこのピンチを大逆転のチャンスにしようとする。彼は助かると思っていたのだろうか、信じていたのだろうか。人間は生きてる限り、どんな極限状態に陥っても、きっと大丈夫と思うのだろうし信じるだろう。だって、自分の人生の主人公は自分だもの。自分は映画『ダイハード』でいえば、ブルース・ウィリス演じるジョン・マクレーンなんだもの。彼はきっと信じてたと思うよ。何年もの屈辱の日々。その一発逆転のチャンスの前髪は絶対つかんで離すものか!
いやいやいやいや、何いってんの、と。奥さんはあまりの事態に慌てふためき焦燥し悲しみながらも、夫にある意味あきれ果てる。だって「後頭部に鉄の棒がささった夫が自分の独占取材権を金で売ろうと必死」っておかしいじゃん。金よりもなによりも、自分の命を心配しろよ、と。でも観ながらどちらの気持ちも分かるような気がしてキリキリと胸が痛む。やってくる息子(ヴィジュアル系バンドマン)と娘(メガネ姿かわいい地味娘)もとてもいいキャラなのだ。そして人が死に行く“ライブショー”を金に換えようとする連中。入り乱れる人物たちとその思い。観て、体感して、圧倒されてほしいと願わずにおれない傑作。ラストショットはこれしかない、という決め方であった。
『As Luck Would Have It』(原題La chispa de la vida)(邦題:いのちの火花)(2011/スペイン)監督:アレックス・デ・ラ・イグレシア 出演:ホセ・モタ、サルマ・ハエックブランカ・ポルティーヨ
http://www.hispanicbeatfilmfestival.com/lbff2012/la-chispa-de-la-vida.html