路地に生まれて死んでいくもの『千年の愉楽』

舞台挨拶つき先行上映に行ってきました!

原作はむかしに読んで、中上健次の中では一番好きだったという印象を抱いたことを覚えている作品…細かいところは覚えてないけど(スミマセン)。でも、観ていくうちに原作のことも段々思い出してきて、小説とは異なるけれど、映画作品として好きだな、と感じました。
もし中上健次や原作についてよく知らないならば、今作を観る前にすこしだけ予備知識があるといいと思う。中上は三重県新宮市の被差別部落の出身で、その出自は彼の作品の重要な源泉となっている。彼の書く作品は熊野や新宮などが舞台で、そこに物語の生起する場としての“路地”がある。“路地”を舞台としたサーガが編まれており、『枯木灘』『地の果て 至上の時』ほかいくつもの作品が“路地”という場に生起する物語となっているわけです。それらは血と縁と土地が交錯する場。その中でも『千年の愉楽』は“路地”で赤子をとりあげる産婆であった「オリュウノオバ」を軸にして中本の一党の高貴で儚く穢れた血を引く者らの、刹那的で生を希求し、女らと性交し、また生をつなぐ様を独特の語り口調で紡ぐ作品です。
さて、映画。高貴で穢れた血をもつ中本の一党。中本の血を引く男らは、美しい顔をもち、女を抱き、子を孕ませ、若くして無残な死を遂げる。彼らの生き死にを描いた原作は、「夏ふよう*1」の香りを漂う作品世界にオリュウノオバの語り口により惹きこまれていく作品でした。かぐわしい「夏ふよう」の香りに包まれるような読書体験とは異なり、映画は、中本の一党の若く美しく色男の肉体性と彼らの持つ寂しさや悲しみや破滅の退廃性などが映像という媒体の利点を生かして全面に描かれていました*2。また、今作で特筆すべき点はなんといっても高岡蒼甫の演技でした。出色です。中本の血をひく一人、三好(ミヨシ)を演じているのですが、立居振舞表情すべてが三好そのものであった。チンピラで、盗人行為やら、女に手を出すのも場当たり的。そうして結局、窮してしまう三好。でも、彼は自分の中に流れる高貴で穢れた血をたぎらせて、火を噴くように生きたかっただけ。つまらぬ生を生きたくない、思い切り生きたい、けどその方法が分からなかっただけ。他人のようには生きられず、なんらかの欲求に突き動かされ続け、はみだし、蠢き、右往左往し、でもどうしようもない。中本の血に一番素直であり翻弄されたのは三好だったと思う。その三好を演じきった高岡君を観るだけでも今作を観る価値ありですよ。背中や佇まい、心許なさと悲しさのいりまじったようにふっと微笑むさま、そしてある事件ののち、「火を噴くように生きたかっただけなんじゃ」とオリュウノオバにすがりつくところは圧巻といってもいい。そののち彼がむかえる壮絶なラストも当然の帰結と思えた演技だった。
高良健吾演じる半蔵もその色男っぷりがよかったね。井浦新も1シーンの登場ながら、その後の物語の起点となる重要な役を演じきってはった。思いがけなかったのは最後に出てくる中本の男である達男を演じた染谷くんの登場。まさか染谷くんが中本の一党とは想像もしてなかった。でも、これもわずかな時間の限られたシーンでの出演だけに、彼くらいの存在感がないとつとまらなかっただろうな。ただ、路地の男らしい“筋肉”がヴィジュアル的にはちょっと欲しかったな。高良、井浦、染谷…って昭和顔ばかり揃っている路地において、すこし浮いてる、というかある意味異様なんですよね。でもそれこそが中本の一党である証左、ということなのですよな。
寺嶋しのぶはさすがの演技で、原作とは異なる年齢設定だと思うけど、説得力がありました。若松監督のミューズかもしれぬね。あと半蔵のヨメ以外の女性らは素晴らしい「昭和顔」揃いでありました。後家顔、風俗顔…うんうん。そんな感じ。
舞台挨拶では、登場人物らの着物や洗濯板をつかった家事の様子と、ロケーションや風景の時代性の齟齬について質問があったのだけど、そこで佐野さんの答えがなかなかに素敵でした。大体以下のようなことを言ってはった。
映画やフィクションには二通りの考え方があると思う。完全なフィクション世界を作り上げる、という方法と、演じる生身の俳優はどうやったって“現代”の人間であるわけだから、その現代の肉体性や感性を持ったものが、その感覚を維持したままフィクション作品を創りあげるという考え方。自分は後者の考え方で若松監督のつくる映画に入り込んで演じていたので、風景にいろんなもの(電線や室外機や…)が映りこむのも気にならなかった。『千年の愉楽』の世界に没入していけましたよ。(まぁ、監督はカネがないんだよ!、って言ってましたけどね)
なるほど、と、思った。それほどまでにキャストは若松組の仕事に惚れてたんだな、と。井浦新氏は舞台挨拶中もずっと公式ブック(パンフ)を抱えて宣伝し続けてたし、写真も自由に撮って、それを拡散してどんどん宣伝してください!と。熱く、男前揃いの舞台挨拶も含めて、とてもいい映画鑑賞体験でした。
千年の愉楽』(2011/日本)監督:若松孝二  出演:寺嶋しのぶ、佐野史郎高良健吾高岡蒼佑染谷将太井浦新
http://www.wakamatsukoji.org/sennennoyuraku/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD23208/index.html

サイン入り公式ブック。買いましたよ。

*1:実在しない架空の花

*2:パンフに載ってた監督の語録「僕に映画の意味を聞くなよ。言葉でしゃべれるんら作家になってるよ。いちいち、金のかかる映画なんて撮らないよ。」