金は天下のまわりもの『奪命金』

金は天下のまわりもの、なんだけど、均等に回らないのが困りもの、です。その金のきまぐれな巡り方に翻弄される人らを描く(群像劇までいかないけど)ジョニー・トー監督作は、期待を上回る見応えとおもしろさでした。
投資商品のセールスがまったくノルマ達成できない女性銀行員テレサ(デニス・ホー)、女性銀行員の顧客でがめつい金貸し業の男、仁義を重んじる昔気質のチンピラ(ラウ・チンワン)、社会の底辺の貧乏ゆえに犯罪をしてしまう者らを取り締まる側の警部補(リッチー・レン)、ただ家庭を豊かにして守りたい警部補の妻。彼らの物語はときに交錯し、並行し、進んでいく。
映画の冒頭。銀行に入ってきたおじいちゃんが「どうしてこっちの床は緑であっちの床は赤なんですか?」ときくと、銀行員が笑顔でこたえる「緑は通常の振込などの業務、赤は投資信託などの業務なんですよ」。まさに緑は堅実安心路線、赤はリスクのともなうバクチ。この映画はその“赤”のゾーンに足を踏み入れた者らの物語というわけです。うまい入り方だな。
今作での金の出所のひとつは、バーコードあたまでナチュラルにセクハラをかます金貸しのおっさんである。金貸し業なので、金を貸して利息という名の金を搾取するという、まさに金が金を産む状態。それは固くマジメそうにおっさんに対峙している銀行にしてもまったく同じ構造なわけで。のちのち物語に絡んでくるラウ・チンワン演じるチンピラが頼る相場師にしても金が金を産む世界に身を投じておる。その金が金を産む狂騒に踊らされるさまは、バブル後の世界に生きる現実世界の自分たちにも馴染みの光景でありますな。とりわけ銀行のシーンは顧客にコーヒーを入れたり、飴玉がおいてあったり、安定志向の客に勢いでリスクの高い商品を勧めるものの、相手が商品を理解していないことがわかっているだけにどこか自責の念にかられたり、ギリシアの金融危機で大混乱のさなか、「今が底なんですよ、今こそ買いですよ!」と隣のブースで売り上げNO.1の銀行員が猛ラッシュをかけているのに、隣では責められるばかりのテレサのシークエンスなど、どれもこれも胃が痛くなりそうなリアリティ…
昔はやった構造主義で「贈与」とかそんなキーワードがあったけど、金貸しのおっさんの金が天下のまわりものとして、回っていくという流れになっている。下した金の一部は兄弟分のためにひと肌脱ごうとするチンワンのもとへ。またその一部は銀行員テレサのもとへ。宝箱にはいってた宝は分配され、贈与された。さて、次の手は?
チンワンは金が金を産む狂騒の世界に縁のない「仁義」を重んじるだけの昔気質の男ゆえ、無欲のものゆえ、天からさらに贈与される(相場で一発あてる)。金の使い道もよくしらないような男の元に金が流れ込む。一方テレサは株の暴落で絶望的になってしまった顧客を置いて、自分だけその世界(銀行)から降りてしまう。これは意外なオチだったな。でも、香港映画おなじみの因果応報。きっとその後の彼女にはなにかの「応報」があったのでは…とちょっと妄想。社会の底辺のものに寄り添うように対応していたリッチー・レンには良い応報があるわけで。
何気ないショットも緊張感がぱりぱりと伝わってくるし(繰り返しますがとりわけ銀行のシーンはすべて素晴らしい)、ラウ・チンワンの顔はすばらしいし、物語も複雑ながら安易に陥らず、それぞれの登場人物が完全には交錯しないものの、うまく因果の糸が絡み、すれちがう、という構成がおもしろい。大満足の一作でした。いやぁ、こんなのが撮れるとは、さすがだな。あと、シネマート心斎橋で観たのですが、フィルム上映なのもうれしかったです。
『奪命金』(2011/香港=中国)監督:ジョニー・トー 出演:ラウ・チンワン、デニス・ホー、リッチー・レン、ミョーリー・ウー
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