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理想を現実にするために『リンカーン』

映画

まずはスピルバーグが映画のバックグラウンドを1分ほど語るところから始まるのに驚いたな。劇中はそこまでアメリカ史の知識のない自分には細かいニュアンスまでキャッチできないもどかしさを感じる箇所はあったし、日本人には馴染みはないけれどアメリカ人には既知の有名な歴史的事実やエピソードが満載なんだろうな、とは思うけど、スピ監督が話すのはそれ以前の常識レベルの設定だったので…。
さて。リンカーンは弁護士ゆえに弁が立つ。その話術で煙に巻いたり、話を逸らしたように見せかけて、知らず知らず自分の話法に取り込んだりする。彼の話法を観ていて思い起こしたのが、古代ギリシャの哲学者。学生の頃読んだソクラテスとか思い出したな。哲学者=智を愛する者たちは、弟子らにむけて“たとえばなし”で語るのですのよな。それらの当時のギリシアではピンと来ただろう“たとえ”は現代日本に生きる自分には共感も共有もしがたいところがあって、煙に巻かれたようであった*1…でも思索することを愛し、智を愛することが生きることである彼の語るエピソードは、あくまで弟子らに“きづき”を与えるためのものなのよな。それが助産術といわれる所以。でも師匠であるソクラテスも答えありきで語っているわけじゃなく、語りながら自分も考えてるように思える。思索のとっかかりが寓話やたとえばなし…。考えながら語り、聞き手にも影響を与え、ソクラテスは渦の中心になり人を引き寄せ、共感や支持、尊敬を集める…そのソクラテスの在り様について、社会を大きく変えてしまいかねない“危険思想”と捉える一派もいる…、一番こわいのは、真に社会に変革を与える“思想”なのよな。それは古代ギリシャもアメリカも同じで、リンカーンも逸話や寓話を語り、人々を惹きつける。ただ、現代日本に生きる自分にはそのたとえ話がピンとこなかったり、細かいニュアンスがとらえきれない部分があったなぁ*2
しかし、それらキャッチしきれないディテールを超えて、今作でとても感銘を受けたところは、人はよりよき世界を築くために、ルールを決め“社会”を形成する。それには「みんなで盛り上がって気持ちをひとつにして」「気合いでどうにかしよう」「意識を変えよう」って印象論みたいなレベルの話ではどうにもならなくて、やはり制度をきっちり整えることが必要だ、という当たり前と言えば当たり前のこと。そのことを成し遂げるために議会への根回し、駆け引き、同じ党内でもラディカルなもの、保守的なものをなんとか同じ方向に向かわせようとするその困難さ。まして、敵対する民主党から造反者を出そうとするならなおさら。それら両派を巻き込む大きな渦の中心になるべくリンカーンは語り、行動する。
政治家であるリンカーンは目先のことだけを見てないからあのような行動を取った。劇的な奴隷解放宣言だけではダメだとわかっていた。憲法を修正しなければならぬ、一時の民衆を巻き込んでの感情の盛り上がりだけではダメだと、法的整備を行わなければ一時の劇的盛り上がりも水泡に帰してしまうかもしれない危険性をわかっていた。ソクラテスは死して思想を残したけれど、リンカーンは“憲法”の文言を修正して後の歴史に残さねばならぬ、と、それは、今成し遂げねば、それもこのタイミングを逃してはならぬ、と。
迷い、悩み…でも理想だけは見失わなかった。JGL演じる息子との関係性の描きかたは若干薄かったし、すこし教科書的説明の箇所もあったけれど、世界史の教科書で数行の歴史の裏にこのような劇的な日々があったのかと思うと胸があつくなったし、憲法が修正されるという結末はわかっているのに、ドキドキしましたね。
デイ=ルイスはさすがの演技ですが、トミー・リー・ジョーンズ演じる急進的左派のスティーブンスがよかったですね。あとはカミンスキーの撮影のうつくしさ。とりわけ大統領の執務室で逆光のぼんやりした靄がかったような窓の光のなかでたたずむリンカーン親子の姿の美しさは見事でした。
そして、ラストに至り、以前に観た『声をかくす人』に続く物語があるのを想い起しました。映画『リンカーン』を観たあと思い起こすと、『声をかくす人』でリンカーン暗殺への協力容疑により死刑に処せられた女性への処遇のありようはリンカーンその人がもし存命であったらば、ありえなかっただろうな、と強く思ったのでした。
リンカーン』(2012/アメリカ)監督:スティーブン・スピルバーグ 出演:ダニエル・デイ=ルイストミー・リー・ジョーンズサリー・フィールドジョセフ・ゴードン=レヴィット、デビッド・ストラザーン
http://www.foxmovies.jp/lincoln-movie/
http://eiga.com/movie/77491/

*1:あんまり理解もできないし

*2:自分の知識不足とか感受性の問題かもですが