怪物の助産師『セッション』

今年度アカデミー賞複数ノミネート(助演男優は受賞)したということで話題だった『セッション』観てきました。今作も予告での引きがつよかった。音楽映画、強烈な“しごき”映画、そして、「ラスト9分19秒の衝撃」と宣伝でもうたっていて、こういう惹き文句をみると「ラストで師弟の猛烈なしごきの末に、すごいカタルシスを得られるような演奏があるんだろうな」と予想してしまうだけに、知らずに観るほうが衝撃があってよかろうに、と思ってしまうのだけど、今作はこの宣伝によってもたらされる期待値ハードル上げ行為にもかかわらずその期待を裏切られなかった。
ただ、J.K.シモンズ演じるフレッチャーの行為はまったく“良きもの”としては描かれていない。人を徹底的に精神的に追い詰め、時に理不尽としかいいようのない仕打ちをする。これは人をつぶしかねない行為だ。現に彼の猛烈な特訓のすえなんとか一流のジャズバンドにはいった弟子も鬱で命を絶ってしまったことが描かれている。フレッチャーの教えを受けている最中ではなく、学院を卒業し、何年も経った後での死だからフレッチャーが直接の原因ではないかもしれないけれど、あきらかに一因であるだろう。フレッチャーは容赦ない。人はこの世界に足跡や爪痕をのこすことなく死んでいく。でも傑出した一握りは不世出の才能をたたえられ、語り継がれる伝説となる。フレッチャーはそういう存在を育てたかった。ある種の人にあらざる様な存在…“怪物*1”を産みだす助産師になりたかった。そのために手段は択ばない。自殺した愛弟子も一流にはなったかもしれないけど、“普通の一流どまり”の存在だった。フレッチャーは中に怪物がいる厚さ10センチくらいありそうな鋼鉄の繭を羽化させたかった。繭を育て、中から怪物を取り出したかった。しかし、そんな繭破れるはずもないわけで。…だけど、観客はこの映画のラストで、その鋼鉄の繭を内側から素手で突破し、怪物が羽化する瞬間を目撃することとなる。だから昂る。フレッチャーは学院で生徒に言い続けてた。「Not my tempo!」おれのテンポじゃない!おれの合図で演奏しろ!と。彼の中にある理想形を完成させるような音楽を求めてた。でもアンドリューの演奏はあきらかにフレッチャーのテンポじゃない。もとからある理想形なんてふっとばす次元のテンポ。フレッチャーも聴いたことも体感したこともないテンポが彼を高揚させる。繭はフレッチャーがヒビを入れたけど、自力で羽化した。だからフレッチャーの予想を超えたテンポが彼を驚かせることになるわけで。
この世に怪物を産みだすには、こういう苛烈な体験が必要なこともある。それは奇跡的瞬間だ。そういう瞬間をラストまで溜めに溜めて、爆発させて、カタルシスを感じさせる映画はすごいと思った。映画だからこういことを描ける。しかし、善悪でいえば、これは決して「肯定できる善」ではないと思う。善悪を超えて圧倒的なものを見せられると、それはもうしようがないな、と思わせられてしまうわけで、それは映画のもつ力だな、と。アンドリューも人としてはダメな奴だよ。いとこが大学フットボールで活躍したと聞かされても「三流大学だろ」とけなし、成功に足手まといだ、とガールフレンドをこっぴどく傷つける高慢でうぬぼれやで勘違い野郎だ。でも、アンドリューが音楽に心酔し、音楽だけが彼に生きる理由を感じさせていることに嘘はない。だから彼が音楽に必死でしがみつみ、取組み、フレッチャーというこれまた人としてはダメだが、音楽に関してだけは特異な愛を持っている人間と出会い、曲折を経て、強烈な反発や呼応と葛藤のすえに、ついにはアンドリューはネクストレベルに到達したわけで。誰でもができるわけじゃない、マネするな危険、な行為なんだよこれは。でも人は「普通」の自分にはありえないような特異な才能が描かれた特異な映画を、こういう「普通じゃない」人生がうらやましいような、でも自分ではこれは絶対無理だな、と思いつつ観るんだよな。きっとこの先も彼らの道は平坦ではないよ。だって音楽家としては一皮むけたとしても、人間としてどうかは、また別じゃん(優れたミュージシャンが人間的にも素晴らしいかどうかはまた別で、これは数多ある伝説的ミュージシャンの伝説や逸話からも知られるところではないかと)。
種類は全然異なるけど“クライマックスの強烈なカタルシス”という点で、おかま掘られたり、いろいろ大変な思いを経て、ついにはあり得ないような計画を達成し、下水管を通って脱出して「おれは自由だ」と腕を広げるあの映画を思い起こしたりもしました。自分の実人生では一生得られることがないような高揚感を得られるような映画=フィクションの力って、やっぱりすごいな。
『セッション』(2014アメリカ)
http://session.gaga.ne.jp/

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*1:ありもしない幻獣のユニコーンやツチノコを探し求めてるようなレベルかも