グザヴィエ・ドラン『Mommy/マミー』を観た

昨年、『トム・アット・ザ・ファーム』を観に行った際に『Mommy』のポスターも展示してあって「早く観たい観たい!」と思って待ち望んだ4月25日、上映初日に映画館へ行きました。
テーマは「愛」と「希望」。主人公たちもそれを口にする。しかし「愛」や「希望」を軽々しく口にして語るには、あまりにも困難な現実が母ダイアン、息子スティーブ、隣人の女性カイラを押しつぶしそうになっているのが、観ていてヒリヒリするほどわかる。1:1の正方形の画面は人物/ポートレイトを切り取るのにすごい効果がある。彼ら三人の濃密な感情のぶつかりあい、愛情、やりきれなさ等々が生々しいほどに伝わる。母へ贈り物をしたのに、それを受け取らないことに、そして母が自分を盗人と疑っていることにスティーブは怒りを爆発させる*1。しかしそれは怒りのようでもあり、愛情の暴発のようでもあるし、悲しさの爆発でもあるようで、人間の複雑な*2感情の表現/演技に圧倒される。そしてスティーブの怒りを一身にうけ、それをなだめようと、いや受け止めようとしている母ダイアンにも圧倒される。感情を爆発させる息子に母は怯える、でも愛おしくてしようがないのも事実。そんな息子に対する複雑な感情、きっと彼女にも説明できない。愛とは説明できない、だから映像で、演技で、音楽で…総合芸術である「映画」で表現しているんだ。
1:1の正方形は狭い。だから観ている自分も濃密な彼らの世界のかなり近いところにいる感じがする。そのアスペクト比が崩れる瞬間がある。一度は曲のイントロを聴いた瞬間「こんな大ネタ…!」と口が空いてしまったけど、映像と曲の相乗効果に目を見開くこととなったoasisの『ワンダーウォール』が使われたシークエンス。ロングボードに乗ってまるで天使の羽を広げるよう音楽を聞きながら幸せそうに腕をひらくスティーブ。彼は母とカイラに見守られて自由に風を切り走る。自分のまえで広い世界がひらけていくような感覚。そうしてスティーブが画面を押し広げる!狡猾といわばそうかもしれない。けれど、もうこの瞬間の爽快さ、気持ちよさがたまらない。
そしてもう一度、1:1アスペクト比が崩れる瞬間がある。ダイアンがスティーブを強制入院させる直前のショートトリップに出かける場面。このシークエンスの美しさと悲しさともう、いろいろの感情がない交ぜになった「説明できない」感じ。とにかく美しい。映画全体に色彩が凄まじく美しいのだけど、このシークエンスは特別だ。あり得ないだろうけど、ありうるかもしれない未来のスティーブ。きらきらと輝くこのシークエンスに続くのは、クリーンに漂白された空間=病院*3からきた看護師たちに拘束されるスティーブだ。このギャップ。
カイラは結局なにに傷ついているのかわからないままだ。おそれく家族関係(夫や娘)がふかく関わっているのだろうが、それは明かされない。スティーブたちとの交流によりすこし「よくなる変化」の予感を感じさせたのに、スティーブの強制入院に加担した罪の意識からか、カイラの状態はふたたび映画冒頭の頃に逆戻りしてしまっている。彼女はふたたび「殻の中」に入ってしまったけれど、ダイアンたちとの交流を経て、「自分はなにがあっても家族を捨てない」という態度を強固に貫こうとする自分をみつける。それはカイラにとって幸せな選択ではないかもしれない、カイラはつぶれてしまうかもしれない、でも彼女はそうするしかないんだ。それが彼女の「愛」。
ダイアンはスティーブを受け入れ切れなかった自分を責めているかのようだ。カイラから言われた言葉*4が彼女を揺さぶる。でも彼女は前をむいている。絶対に負けない。過去はくそったれ、未来だけが前に開けているんだから。希望はある、きっと。ラスト、スティーブが走り出すとき、拘束衣を脱がされた彼は、やっと天使の羽をひろげられる、大きく腕を振り、そして走り出す、きっと希望はある。
本当になんだかうまく説明できない、でもこの映画が本当に好きになってしまった。ドランの今のところ一番の傑作だと思う。どうして25歳でこれが撮れるのか…今作では出演せず、監督に徹しているのに、パンフの表紙や中身もドランだらけなのもしようがないな。それくらいグザヴィエ・ドランという存在自体が魅力的だ。音楽の使い方がこれまでのどの作品も素晴らしいが、今作も本当に本当にすばらしい。クールだし、かっこいいし、的確だ。何度も何度も観たくなる。ファッションも色彩設計も素晴らしい。母ダイアンの服やジャラジャラいっぱいぶらさげたキーホルダーの感じとか…、ダイアンにはこれしかない!というコーディネートっぷり。これらの作法が登場人物すべてに行き届いている。あぁ、とにかくかっこいいんだ、でも、うわべのかっこよさだけじゃないこの魅力はなんなんだ。次は彼が出演してる『エレファント・ソング』が6月公開。早く観たい観たい!

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*1:きっと万引きだろうけどな、と思うけど

*2:それは、まさに言葉ではうまく説明できないようなこと…

*3:ここだけはすこしSF的設定を思う。映画冒頭にあった「とある世界のカナダのおはなし」という若干ディストピア的世界観

*4:「自分は家族を捨てられない」