恋の重さ道徳の罪『ビー・デビル』

『エンジェルウォーズ』を観て、そのままシネマートまで歩いて『ビー・デビル』を観たのです(しかしタイトルの間をナカグロにするか、半角スペースにするか、なにも入れないか、なにか法則があるのかな)。最近韓国映画を少しだけ観ましたが、ほとんどで、刃物が登場し、血まみれな場面に遭遇してます。『ビー・デビル』もそのような残虐描写が多いとの評判でしたので、おおぅ、と思いつつ、閉ざされた島、閉塞的な地縁、血縁、という舞台立てに、横溝とか乱歩的ななにかも感じていやが上でも期待が高まっていました。そうして観てみたら、予想通りのところもあれば、予想外のところもあり、うん、よかったです。
冒頭でこの映画の重要な要素の顔見せがきっちりできてました。まずは『スペル』みたいな部分*1。つまり教訓譚というか道徳の教科書に出てきそうな要素で、「正直であれ」「honestであれ」ということですね。冒頭で、融資をすげなく断る〜警察での目撃証言を求められるも非協力的である、というくだりと、ラストで再度警察で証言をするところは分かりやすく呼応してます。honestでなかったために危機に陥るが、その経験を経て教訓を得、主人公ヘウォンは冒頭とラストで変わっている、成長している。この映画は多くの映画と同じく“行って帰ってくる映画”、イニシエーションを経て成長する主人公が描かれているのですね。
また、冒頭でヘウォンが警察に証言を求められているのは、彼女が目撃した、男性から女性への暴力事件にかかわるもので、この要素は中盤に描かれる壮絶なまでの男性⇒女性へのDVへの布石になっている。
そして、もうひとつ大事な要素。ヘウォンを求める電話での声や手紙がチラリと登場する。これが表すのは、ヘウォンへの恋の思い、そう、この映画はラブストーリーなんです。これは意外でした。幼い頃、ヘウォンが祖父の家のある島で出会ったボンナムという同年代の少女。彼女は島を出ることなく成長し、島に縛り付けられ、父のわからない子を産み、激しい暴力や性的虐待にみまわれつづける。でもそんな過酷な中でも生きていられたのは、ヘウォンへの初恋の思いがあったから。…同性なのに?
相変わらず素晴らしすぎる韓国俳優の顔面力をお持ちの、ボンナムの夫とその弟という最凶兄弟。この二人にそれはもうイヤすぎて直視したくないほどの仕打ちをうけるボンナム。でも島の女ども(ボンナム以外は年配者ばかり)は、「あぁやっぱり男がいないと」「男手サイコー」「男は敬わなきゃ、イエー」って。観てる自分でも、“いやいやいや、それは無いでしょ、人の形して見えるけど、あれ鬼畜兄弟じゃね”とつっこみたくなるんですから、劇中のボンナムなんて、「男ぉ?はぁ?」って感じではないでしょうか。彼女の子どもだって女の子だし、彼女はヘウォンと娘と3人でソウルに住めれば、最高に幸福だったんじゃないかな。福岡伸一氏の『できそこないの男たち』にアリマキだっけ、メスだけで集団で生きてて、繁殖期だけ男を作り出すってのがあったけど、ボンナムはそんな世界を求めてるみたいに思えた。
ボンナムへの虐待がすごすぎるので、もう、こいつら全員酷い目にあえばいいのに!島のおばさんたちも見てみぬふりとか、同罪だよ!と観客の思いが沸点に至るタイミングでボンナムがキレる。娘が生きてるときは、一度は手にしたものの振るうことなく終わったナタを、娘を失って、もう容赦なく振るっていく。頚動脈一発で狙い撃ち。首はぎこぎこ切断だ(リアルでよく出来た首!)。生きたまま切断するって、そりゃよほどの憎しみでパワーが炸裂してしまってんな、と深く思いました。このあたりの殺戮場面はちょっとコミカルでもあったんですよね。ボンナムの夫が何かあれば「味噌ぬっとけば、すぐなおる」っていうもんだから、ボンナムが夫を手にかけた後、味噌を塗りたくるところとか。でもこの夫もアホすぎる。ボンナムが刃物を官能的に舌で舐める様みてエロい気持ちになるって…そんなこと、あるんかい?誰か教えてください。エロスとタナトスが近接してるっていう文脈かなにかですか?
ともあれ、ラストバトルはボンナムの思いが遂げられた感じでしたね。その思いを受けて、ヘウォンはhonestであらねばならない、という生き方を選ぶに至る。でもここに至るために、ボンナムの虐げられ続けた苦しみと、それでもなお消えなかったヘウォンへの恋の犠牲が必要だった。だからヘウォンは、ボンナムの長年の報われなかった片思いの恋の重さと、島の人間たちがボンナムの苦しみを放置し続けたのと同じような罪の重さを負わねばならないのかな。やっぱり、人の思いをなおざりにしたり、放置したりしたらアカン、honestじゃなきゃこんなコトに巻き込まれる、かも、というおはなし。

ビー・デビル』(2010/韓国)監督:チャン・チョルス 出演:ソ・ヨンヒ、チ・ソンウォン
http://www.kingrecords.co.jp/bedevil/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD17869/index.html

※ボンナムのダンナも義弟もぱっと見ただけでも気持ち悪すぎるのに、ヘウォンがのほほんと「1週間滞在しまーす」って言ってるのがちょっと不思議でした。自分がヘウォンならすぐ帰るだろうさ。
※船出発のギリギリバトルのところ。なんとか出航した船を走らせてると、這い上がってくるボンナムが…というのを予想してしまいしたが、全然違いましたね、ホラーちゃうもんな。
※途中でてくる商売女のえげつない感じが、リアルでございました。なんだか。
※小道具使いもよかったな。ラストのボンナムのワンピとサンダル、メイクも完璧。
※子役少女はオトナ主人公たちと同じ髪型の法則。
※白昼の殺戮は、ある種爽快さすら感じた。太陽を見たら答えが得られた…って、カミュの異邦人かい。ともあれ、あのシーン、美しかった。
※水浴びシーンの百合な感じったら

《2011/4/30追記》ネタバレ
この映画のラストでヘゥオンが折れた笛をボンナムの喉に突き刺したのが元で死ぬ、って、こういうモチーフは定型的にあるような気がした。今思い出したのはカフカの『虫』だけど。あれは父に投げられたリンゴがめり込んで、それが原因で死ぬんだった。自分の存在で大きな位置を占める者からの一撃…

*1:未見なのですが、showbiz countdownで何度もばあさんに融資を断るところを観たため、観たような気分になってる