ピースボートに乗るワカモノたち『希望難民ご一行様』

若者とコミュニティを研究テーマにしている東大院生の修論が基になった新書で若者論です。たまたまこの本と一緒に『ポトスライムの舟』という小説を買ってそちらを先に読んでいると、固有名詞は出てこないけれど、明らかにピースボートのポスターらしきものが出てきて重要な小道具になっていました。世界一周の船旅、とかいうコピーで街角のいたるところで見かけるあのポスター。『希望難民ご一行様』を読むと、そのポスターがどうして街のいたるところに貼られているかもわかる。カラクリはこんな感じ↓
ポスターにくっついてる資料請求ハガキとか広告を見て電話したりすることで、ピースボートから資料とともに説明会のご案内などがやってくる。説明会は、旅行に関するものとボランティアに関するものがあって、後者の説明会に参加し、ボランティアに手を挙げると、有償ボランティアなので、働いた分だけ旅行費から引かれる。ポスター貼りは3枚貼れば1000円が旅費から引かれるのだが、なかにはポスターを貼りまくって旅費をタダにする強者もいる。この有償ボランティアの拠点であるピースボートセンター(略称:ピーセン)に通ううち、ポスター貼りの実績数の発表とか交流を図るミーティングとかで、段々ピースボートにはまっていく人たちもいる。とくにポスター貼りは、貼る許可を得るのにピースボートの理念とかを語り、人を説き伏せることで許可を得ようとするので、段々と自己教化していく作用もある・・・ケド、これは旅行参加者の一部。普通に旅費を払って乗り込む人たちも多くいて、年齢層は案外年配のひとたち(世界一周クルーズに安くで参加したい組)もいるそうな。そこで巻き起こる事件、世代間対立etc。
ワカモノたちの中には、「いままでの自分を変えたい」「もっと世界を見たい」「いろいろ触れ合いたい」「海外でなにか見つけられるかも」とかいって参加している人も結構いるわけだけど、クルーズは、船上の時間が上陸時間より圧倒的に長い。今の高額なクルーズや寝台車旅行なんて移動中に非日常なサービスを楽しむのこそがメインだものな。ピースボートは圧倒的に安い価格なので、カネのかからない催し*1が連日開催される:運動会、9条ダンス《憲法9条の理念をヒップホップにのせてダンスで踊る》*2、平和がどうした、ゆるく雑談とかのその他自主企画群。海外での他者とのふれあいじゃなくて、船内での暮らしの中で自己変革のきっかけを掴むしかない。
船上での人間関係や催しが学校のように閉じた空間で続く。カネで時間を買ってるようなところがあるのかな、いわばモラトリアムか。いざ上陸しても、世界の観光名所はあくまで背景にとどまってて、日本語の通じる日本語集団が寄り合って、名所をバックに写真を撮るだけ。船中のイベントに参加して、9条ダンスだ、世界平和、環境守ろう、とか、なんだかよさげな響きのコトバで充足し、仲間と居心地よくまったりしているワカモノたち…。筆者の書きぶりはかなり意地悪ですよ、わざと軽い感じで書かれているノリといい、一定数の読者をイラっとさせそうだけど、それも計算づくなことがわかるから、「著者は本当に賢いねんなあ」と自分のようなひねくれ者はちょっと穿ってみたくなる。読みながら、ひたすらぐにゃぐにゃと拠り所の無い現実の停滞感に囚われたような気分になってしまうけど、テンポがいいからさくさく読めますよ。
ピースボート乗船者って、未開拓の自分の能力、ここではないどこかに自分を生かせる場所を見つけられるかも、という自分探しの大きなヴィジョンを持ってる人が大多数かなと思ってたから、そこまで自分探しに意欲的な人ばっかりでもないっていうのがちょっと意外だった。『マイ・バック・ページ』の梅山は、思想やかっこよさそうなキーワードを借りてきてペラペラな自分の隙間を埋めていこうとするわけだけど、ピースボートモラトリアムの、自分探しに気負いすぎていない一部のワカモノは「平和」「反戦」…なんでもいいけど、そんなぼんやりキーワードで隙間を埋めつつ、海外とか他者には接することなく、ピースボートのやさしい仲間たちとまったりした関係を作ることで隙間を埋めているみたい。「9条ダンス」みたいな身体性と思想をくっつけようとする*3試みがそんな隙間に入り込むのも簡単だけど、忘れられるのも簡単そう。思想が根付くほどのしっかりした地盤もないってこと…?どこまでも悲観的だな。
でも著者は、悲観することないよ、と言う。古来のムラ志向に戻りつつあるんじゃん、て。近代市民社会を構築するために前に進んできた道程を、また戻る、揺り戻し?モラトリアムを終えて彼らはどうなるのか、社会の受け皿は?…大きな問題だけど、著者はわざと放り出してる。そのシニカルな結論といい、嫌悪感を覚える人もいると思うけど、「わかっててこういう手法で書いてる」感にのっかれば、さくさく読めるし、わかりやすい。ピースボートに興味のある人にとっては、その航海のドキュメント的側面*4だけでも楽しめる本だと思いますよ。でも、ワカモノって、社会とか先行するオトナの鏡でもあるはずなんだけど、いつの時代も「最近の若者は」扱いされる存在なんだよなー、大変だなー。

希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)

希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)

*1:高級旅行では受動的サービスだけど、格安旅行だから自主企画などといった自主立案型企画になる

*2:創立者のメンバー的にもわかるように左寄り

*3:宗教とか、レメディとか自己啓発でもありそう

*4:著者の乗った号で起こるアクシデントとか、映画にしたらおもろいんじゃないかな