博士の異常な欲望『ムカデ人間』

ムカデ人間』を観たのです。きっと通常ならスルーすると思う映画ですが、ブログやtwitterの感想で、キワモノ的なものという印象だけで観ないのは損かもしれない、という感触を得たので、行ってみようかと段々思いはじめたのでした。たまたま『ムカデ人間』初日と、前々から観に行こうと思ってた梅田ガーデンシネマの三島由紀夫レトロスペクティブ初日が重なってたし。あと、映画関連でお世話になり&仲良くしていただいてるid:chateaudifさんとりょんりょんさんも行くから3人でつながり割引ゲットしようぜ、という話がトントンとまとまったので、ナゾの3人組が初日のシネリーブル劇場窓口に包帯を手に現れることとなったのでした。満員で立ち見まで出るという、大阪で珍しいほどの盛り上がりに驚きつつ鑑賞にのぞみましたよ。俳優陣の手垢のついてない感≒素人感、低予算ぽさなど、事前に想像どおりのところもあったけど、ワンシチュエーションで押し切った潔さが、すがすがしかったし、シンプルなシチュエーションに特化した美点があったと思いました。
キチガイ博士の欲望と実験とその顛末の物語です。青々とした芝生とシンプルで白い壁がステキな森の平屋建てのキチガイ博士邸に飛んで火にいる女性ふたり。欧州旅行中、なぜだかどこへだか不明だけどとにかく真夜中に車で出かけて道に迷ったうえパンクして立ち往生。そこへ近寄る一台の車に乗ってるおっさんは、ドイツ語で卑猥な言葉を投げかけて、しまいにはお口ちゅっちゅ、舌ぺろぺろ…『ブラックスワン』の地下鉄じいさんを即思い出して、欧米におけるセクハラアクションの定番はこれか、と得心しました。
気色悪いおっさんと出会ってしまった彼女らは、おっさんが立ち去った後いてもたってもいられず、危険な夜道にふらふらさまよい出る。そんな2人が辿りついたお家で出会った博士は完全に狂っていた。彼は、わんこでの3匹結合を一回やった(けど死んだ)からには、次は人間つなげ欲求に取りつかれている。それには理由も何にもない。彼は「よつんばいで、三体くっついてる」というフォルムに魅せられてる。自分が創造主になること、わが手によりくっつき人間をつくることで頭はいっぱい。マッドとしかいいようがないわけで、そのキチガイっぷりをルックス+過剰な表情、演技で見せてくれたディーター・ラザールのいい仕事なくしてこの映画は成立しなかったでしょう。博士は、自分の思いのままにならないときに突如激昂したり、相手に刺そうと思ってこっそり隠した注射器ぽろりと落としたりするなど*1、彼の癇性な性格に潜む抜けたポイントゆえ、若干の隙を垣間見せるキャラになってます。この隙があるからドラマが生じる必然もあるし、破綻していない。
博士が隙をつくってしまう→隙を見て逃げる→博士おっかける→お、博士の姿見えない、巻いたかな?→博士前面に登場どーん→さらにひどい目に(最初にもどる以下ループ)。
博士登場どーん!のところのキメ画がクラシックながら安定のキメっぷりなんですよね。こういう要所要所でのキメ画が印象的なのもポイントで、ムカデ人間できあがり、どーん!のところは「この画を待ってたよ、やっと逢えたね」という感じでした。歌舞伎で見得を切った瞬間とかヒーローが登場した瞬間、客が「まってました!」と声かけたくなるような感じ。その「やっと逢えた」よろこびを一番体現してるのがスクリーンの中の博士だっていうのがまた。きゃっきゃ言って、感涙し、写真撮って(とくに接合面)、鏡で「どやっ、どやっ、自分らつながっとるで*2」と見せたりする。キチガイの論理において、この行動は圧倒的に正しい。自分の脳内理想が叶った瞬間だものな。みんなにその成果、あふれるよろこびを見せつけたいものな。
最後の駆け足感は否めない。キチガイ博士に打撃を与えるには、彼のなかにある創造主の全能感を傷つけることしかないわけで、わんこにはできなかったけれど、人間にはできること、自らの意志でつながり人間であることを止めることを選択する。ここの落としどころに持ってくるための、カツローの人間の尊厳の主張も唐突な感じ。ただ、彼の話す日本語がそのまま理解できる自分としては、彼のエモーショナルな性格などが、序盤からわかってるから、まだそこまでガクンとひっかからなかったかな。熱演もダイレクトに伝わるし。大阪弁だし。
映画として、きちんとした煽りショットとかキメ画によるメリハリ、キチガイキチガイらしく常人の考えの及ばない発想をしてる点、そしてつながり人間のフォルムの斬新。これからの要素がきっちり入ってる映画らしい映画といえましょう。作り手は全力でやってて、ちょっと狙って外してやろう、なんてヤラシイ考えがない、だからカルトになりうると思う。しかし、ムカデ人間っていってあの部位をあんな風に繋ぎ合わせるって発想、やっぱり異常でしょ。複数の犬のフィギュアを弄んでて、「お、このカタチ、口と尻くっついてるこのフォルム、シンプルなのに超イカす(笑)、あ、これ人間でやったらどうよ?おもしろくね?」・・・とかって発想したとしか思えない監督がいちばん狂ってるかもね。
レイトショーを観終えて帰り道であれこれこの映画の話するのがたのしかったな。3人で映画観て帰るなんて何年ぶりだか…また、この映画だから盛り上がったのかもね。何年後かに「あれ、カルト映画で有名だけど劇場公開時観たんだよ」というと、うらやましがられるか、怪訝な目で見られるか、果たしてどっちだ。
ムカデ人間 (2009/オランダ=イギリス)監督:トム・シックス 出演:ディーター・ラザール、北村昭博、アシュリー・C・ウィリアムス、アシュリン・イェニー
http://mukade-ningen.com/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18363/

※真ん中はいやだ
※プールで泳ぐ博士はなんで全裸だったんでしょうかね

*1:『アジャストメント』の運命調整員のドジっこっぷりを想起

*2:劇中こんなセリフはありません