『黄色い星の子供たち』

第二次大戦中のユダヤホロコーストといえば、ドイツなりポーランドで行われたもの、という印象が強いけれど、この『黄色い星の子供たち』という映画は1942年にヴィシー政権下のフランスにおいて行われたユダヤ人迫害を描いているらしい…というくらいの予備知識で観に行きましたよ。
メリーゴーラウンドのある公園で、かわいらしい少年が鞄を胸に抱えていて、そのさまを軍人が録ろうとカメラを向けると、少年は上目使いに困った表情で鞄をそっと降ろす。胸には黄色い星が縫い付けられていて、軍人は迷惑そうに視線を逸らす。少年がその公園をあとにするとそこには「ユダヤ人立ち入り禁止」の表示がある。黄色い星を胸につけた子らを見かけたおばさんは「あれが胸にあれば、目印になるからいいよ」と言ったりもする。…看守と囚人実験なんかも有名だけれども、役割や身分を分けて、優劣をつけることは、ある種気持ちの安定をもたらし、その役目の是非について葛藤するよりもその役目に付与された権利や力を守ることに没入していってしまうのかな。権利を付与された側は、“劣性”な存在については“あいつらは悪いヤツなんだから、逮捕するのも問題ないし、自分は正しいことをしてるんだ”となるわけで。コトの内実の是非を問うことはしないという、まさに思考停止状態。
黄色い星を服の胸に縫いつけることを強要されたユダヤ人の姿がスクリーンに映し出されたのを観ただけで、なんというか“情けない”という気持ちでいっぱいになってしまいました。同じ人間がそんなひどいことをしたという歴史についての暗澹たる思いもあるし、自分はそんなことするはずない、と思ってるけども、もしかしたらそういう差別的行動を取りかねない部分を持っていて、戦争のような非常時に発露してりするんじゃないか、という不安というか、人間不信というか色々の気持ちがない交ぜになったような感じで。他人事のようにすでに終わった歴史の過ち・過去のこととは思えなかったなぁ。自分がもしユダヤ人側だったら?当然つらい。でも、フランス人側だったとしたら?ユダヤ人に同情しつつ、自分は迫害されないということについて、ちょっとほっとしたかもしれない。ナショナリズムレイシズム民族浄化は現在進行形で存在し続けていて、決して過去のコトじゃない。人間は歴史に学んで、よりよく進化してるんじゃなくて、本能的にあるなにかが暴発しないように教育や理性で抑えてるだけで、戦争や貧困でそれが抑えきれない場合も多々ある。いや、でも人間の本性はそこまで酷いものじゃなくて、“生まれついてのよい人間性”もあるはず…?
その“よい人間性”の体現者が今作におけるメラニー・ロラン演じるフランス人看護師アネットです。メラニー・ロランは『イングロリアス・バスターズ』『オーケストラ!』で観て、nobleな感じ、品があって気高く美しい凛とした女性の役がぴったりだな、と思ってました。今回の役もそういう意味でははまり役で、何の罪もないのに病人、老人、子供など無差別に片っ端から捕まえられてしまったユダヤ人の人々への深い同情とかなしみ、そんな理不尽な行いをする権力への怒りに打ち震える気高い女性を演じて、とてもよかったですよ。彼女にはこういう役が本当によくあう(彼女は変にイメチェンとか不要)。
でも、アネットだけがそんな気高い人だったわけではなく、一斉検挙されたユダヤ人1万3千人(二日間の食糧だけ持参を許されてた)がパリのヴェル・ディヴ(冬季競輪場)に5日間とじこめられ*1ている間、こっそり逃がす手助けをするフランス人、検挙の際に彼らを助けようとするフランスの隣人もたくさんいたということも描かれる。命令に背いて水を配り、こっそり託されたたくさんの手紙をちゃんと届けてあげようとする消防士のエピソードも印象的でした。
合間合間に挟みこまれる、ヴィシー政権ヒトラーへの追従するための政策とか、ヒトラー自身の優雅な別荘でのセレブリティライフとかも皮肉でした。彼らは人を人と思っていない。単なる“数”にすぎない。ちょっとでも多い数字をヒトラーに捧げなきゃ!とか、ちょっとでも多く処理しなきゃ、とか、もう、なんなんだよ。そんな権力側の描写の合間にユダヤ人個々のエピソードが一人ひとりの重みをもって描かれるんですよね、その対比。
親子が引き離され、先に親が収容所へ送られる場面、また、親が送られてしばらくしてこどもが収容所に送られる場面(ヴィシー政権はそれを“親元に戻す人道的処置”と言いよったよ)の痛切さは、直接の虐殺場面はなくても十分重いものでした。観ながら、本当に情けなくて勝手にぼろぼろ涙がでてきてました。このヴェル・ディヴの一斉検挙については、フランス政府は1995年まで「ヴィシー政権はフランスではない」として一切責任を認めようとしていなかったそうです。そんな歴史を知る意味でもよかったし、単なる過去の事件と他人事で済ませられんかなぁ、といろいろ考えさせられたり、メラニー・ロランの美しさに見入ったり、かわいすぎ(かつ不憫すぎ)るこどもの表情に胸を衝かれたりしましたが、観てよかったと思いましたよ。劇中に母がこどもにむかって、生き延びるのよ!と叫んだ言葉を聴いて、ちょっと『127時間』を思い出しましたよ。どんな極限でも生き抜かねばならない、そこにしか希望はないのですね。

『黄色い星の子供たち』 (2010/フランス=ドイツ=ハンガリー)監督:ローズ・ボッシュ 出演:メラニー・ロランジャン・レノ、ガド・エルマレ、ラファエル・アゴゲ、ユーゴ・ルヴェルデほか
http://kiiroihoshi-movie.com/pc/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18466/

※監督・脚本のローズ・ボッシュは、この事件について3年かけて取材したみたいで、細かいエピソードの積み上げは実際に起こったコトのもつディテールの強さが表れているように思った。
※メラニーの祖父もアウシュヴィッツに送還された(けど生還できたそう)とのことで、そういう意味では彼女にとっても思い入れのあるテーマだったみたいです。
※原題は『一斉検挙』の意

*1:その間に亡くなる人も多数いたようです