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『未来を生きる君たちへ』

原題は『復讐』、英題『In A Better World』こと『未来を生きる君たちへ』を観ました。原題はストレート直球。英題は内容に関するちょっと捻った解釈がはいっている。日本語タイトルは英題をさらに限定的に解釈してちょっとセンチメンタルにしたような感じ。でも日本で興業をうつなら、情に訴えるような、こういう感じがいいのかな。いじめられっこの少年エリアスと母を失った少年クリスチャンの交流、そして少年らそれぞれの家庭にまつわる物語なのですが、物語の核をなすのは原題のとおり「やられたらやり返すことの是非」はたまた「相手を赦すことについて」という問いでした。でも、この類の問いに理想的/模範的解答はあると思う。理想は≪右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しなさい≫だと思うし、あらゆる映画でもさんざん復讐の無意味さや不毛さを描いてきた。ただ、アタマではわかってるけど、人間の感情はそんなに簡単に割り切れない。個々の事例や環境、条件によっては復讐に走ってしまうこともありましょう。
【ケース1】学校のいじめっこへの復讐
転校してきてエリアスの隣の席になったクリスチャンはエリアスをいじめている少年を自転車の空気入れで殴りつけ、隠し持っていたナイフをつきつける。すると先生にあれこれ言われたり警察沙汰にはなったけれど、いじめはおさまった。これは必死の起死回生のための一撃。子供にとって学校はほぼ世界のすべてで、そこでの人間関係や絶望は彼らに大きい影響を及ぼす。“勉強やなんらかの得意分野で頑張ればいいじゃない”とか“いじめっこはレベルの低いことやってんだから、無視したらいいじゃん”なんてできないと思うよ。程度や手法は考慮せねばならないにしても、こういう反撃は問題解決方法として全否定できないような気がする。“理想”とは異なるけれども。
【ケース2】エリアスの父アントンを理不尽に殴った相手への復讐
幼い子供のちょっとした小競り合いに、相手の父親が出てきてアントンを殴りつけた、まったく理不尽な暴力。エリアスとクリスチャンは相手に復讐すべきだ、というけれど、アントンは取りあおうとしない。ここのアントンの気持ちはたいそうよくわかりました。こんな手合いなんて話が通じる相手じゃない。理屈も論理も通じやしない相手とは一刻も早く縁を切るのが自分の精神衛生上もよいし、言い争っても不毛の極みで徒労感しか生まないし状況は悪化するだけだものな*1
【ケース3】母親を死なせた(?)父を許せないクリスチャン
末期のガンの苦しみに本人(クリスチャンの母)も夫も耐えられず、最後は治療をあきらめて母は亡くなった。しかし残されたクリスチャンは、母は助かる、と言っていた父が裏切って治療を中断したために母を死なせた、と思っている。クリスチャンは、自分は被害者だ:父は敵だ、というような暗い思いをむくむくと育てている。いかにも子供っぽいな、と思う。でも子供にとって母親の死は大きすぎるし、また、その悲しみの大きさを受け止めるほど成熟しきれていないから、その“死”の理不尽さに関する怒りを父へぶつけているんでしょうね。これは時間が解決するパターンかな。でも、そのための時間はたくさん必要なので、目下のところクリスチャンの暗い面はむくむくと育ちつづけていて、エリアスの父を殴った相手への復讐と結びつけることで出口をみつけようとする…ややこしいな!
【ケース4】命を理不尽かつ残虐に殺める者への復讐
医師であるアントンが赴任しているアフリカにて、人に非ず、としかいいようがない男がでてきます。妊婦の腹を裂いて、その胎児が男か女かあてるゲームをしている。また、死姦までする。自分は観ながら「お前なんか死ねっ」と正直思ってました。そいつがアントンのところへ来て重症を負った脚を治してくれ、という。父は職業倫理を鑑みて治そうとするけど…という葛藤。これも【ケース2】みたいに話なんざ通じようもないレベルの人間相手のことなんですよね*2。お前のために何人犠牲になり、被害者にまつわる人々何人が苦しんでると思うねん、と。もちろんそいつは悔悛の情なんてゼロでして。そんなモンスターのような存在を前にはたしてこちらも人間としての理性を保ち続けられるのかな。ムリをしようとすると感情が死んでしまうのではないかな。でもそいつを殺すと自分も同じ穴に落ちるような気がする…≪以下ループ≫(参照『悪魔を見た』)
【ケース5】息子の命を危うくした友達を赦すこと
エリアスはクリスチャンが提案した、アントンを殴った相手への復讐の爆弾作戦により重症を負います。クリスチャンは心配でエリアスを見舞いに行くけれど、エリアスの母はクリスチャンをサイコ野郎とののしり当り散らす。その気持ちもわかります、けど、どうしてその災難に巻き込まれることになったのか…状況から考えて、原因の一端はエリアスにもあったはず。そこを受け止める準備もできてないんだな。どこまで寛容になれる?どこまで赦せる?これは時間が必要で、時間とともに理性的思考も作用して理性と感情の相互作用で許すことができるようになる、かも。
結局正解の答えなんて出ないことばかり詰まってます。それに安易にそれらしい答えを示そうとしていないのはいいと思う。でも、家族の再生がラストにもたらされている、ということは、身近な人間関係を基盤を固めることが必要なのだよ、という結論?うぅむ…最後はちょっとばたばたと〆にかかったような感じがしました。…今作を観て自分がぼんやりと思ったのは、結局人間は理性も感情を備えた存在だから、理性も感情も熟成させたうえで困難な事例には時間をかけて考えて対処するしかないのかなぁ、と。ぎゅうぎゅうに要素が詰まっててちょっと息苦しい映画でしたが、アフリカのパートはその問題提起や俳優陣の演技、演出、明るい陽射しの元で繰り広げられるドラマも含めてよかったと思いましたよ*3

『未来を生きる君たちへ』 (2010/デンマークスウェーデン) 監督:スサンネ・ビア 出演:ミカエル・バーシュブラント、トリーネ・ディアホルム、ウルリク・トムセン、ヴィリアム・ユンク・ニールセン、マークス・リーゴード
http://www.mirai-ikiru.jp/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD18740/

*1:映画はもっと高尚なこと言おうとしてたような気がするけど、自分のレベルに引き寄せて考えてしまう。それにしてもアントンは人間出来すぎ…

*2:もっとすごいレベルだけど

*3:重いんだけど