読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『灼熱の魂』

今作についてなかなか感想を書く気になれなかったのですが、先週末にとある映画*1を観たことを経て、その作品と自分内で対比することで何か書けそうな感じになりました。今作はカナダのケベックに住む姉弟の双子が狂言回しとなって物語が進みます。中東*2のとある村出身である双子の母:ナワルの遺言から物語ははじまる。母が信頼を置いていた公証人が開封した遺言状には2通の手紙が同封されており、自分たちにはいないはずの“父”と“兄”を探し出してその手紙を手渡すように、とあった。そのミッション達成後、次なる段階の遺言状が開封される、と。なんともミステリアス。オリエンテーリングみたいに謎めいた暗号のような手掛かりを渡されて、旅に出、試練の末、その手に真実を掴みとれ、という母が自らの死をもって双子らに下した命令により物語が発動します。生前の母はどうも“よき母”ではなかったようで、弟は「母が死んでやっと平穏が訪れた、あの人はおかしかった」というようなことを言って遺言を無視しようとする。でも、母が“普通でなかった”理由もどうやら今回の遺言ミッションを執行すれば解かるようだ。というわけでいくつものナゾを解く鍵は母の過去を辿る旅に集約され、姉がまず母の故郷にむかって旅立ちます。
途中で弟も合流し、公証人の助けも得てナゾの核心に近づいていくのですが、そこでやっとイスラエル周辺〜パレスチナレバノンらしいロケーションだとわかってきて、『戦場でワルツを』を思い出したりしました。これも相当苛烈な映画で、一人の人間の記憶を辿ることで人の記憶の複雑さ、不思議さ、という個の人間の存在の唯一性の側面と、人が数で捉えられてしまう*3戦場の悲劇的現実とがコントラストをなしつつ、主人公が記憶を取り戻す過程により段々と個の記憶と全体の歴史が交錯していき、語り手は衝撃的なラストにたどり着く。…『灼熱の魂』も、一人の人間の歴史に秘められた記憶をたどることで、家族、国、社会…ありとあらゆる要素の複合し影響しあった結果生じる「歴史」に否応なく紐付けられ縛られている自分を発見する、という面では似ているし、その歴史背景にもどこか共通するものがあった。
人がただ野生動物のように生まれ、死ぬのならラクだったのかな。出自、ルーツがなんであろうが、親からエサの捕り方さえ教えてもらえば、巣立ち、食べて、生きて、生殖と子育てののち、死ぬ、と。でも、人は先人たち及び祖先らの過去の集積の上に現在の自分があることを知ってしまっている*4。いつまでもルーツや家族等の縁から離れることはできない。だから、今作の双子も、母が自分たちに伝えようとする事実(母がいかにして自分たちをこの世界に産み落とすこととなったのか)を知り、否応なく自分たちが世界にデフォルトでどのように紐づけられてしまっているのかを受け止める、という過程を経た上でないと前に進めないということなのかな。
ラスト、双子は自分たちのルーツに関わるショッキングな事実を知るに至る。それは“事実”ではあるけど、“真実”は別にある。過酷な運命にあっても母は“わが子”の幸せを心底祈っていたのだ、ということ。母は“あなた”の誕生を、生きていることを無条件に祝福したいということ。だからこそ、衝撃の事実の奥にある真実に気付ける大人になったときに、この事実を自らの手で明らかにし受け止めてほしかった?…入り組んだプロットやいわくありげなプールのシーンなども衝撃的なラストに収斂するようにできていて巧みです。しかしそのラストがあまりにドラマティックすぎて、いまだにうまくのみこめない。かたまりが喉だか胸だかにつっかえたみたいな感じ(異物感みたいな)が残っています。あと、過酷な運命において産む性である女性であることのひとつの強烈な生き方も見せつけられたような気がする。母は、そこまで強くいられるものなんだろうかね。その一方、今作の終盤の展開を観ながら、父のルーツ問題として『オールド・ボーイ』を思い出した。や、全然ちがうか。や、でもあの展開がちょっと共通してない?(ネタバレ:近親相姦オチ、ね
『灼熱の魂』(2010/カナダ=フランス)監督: デニ・ヴィルヌーヴ 出演:ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット、レミー・ジラール
http://shakunetsu-movie.com/pc/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD19596/index.html

*1:『サラの鍵』

*2:劇中は地名はわざわざぼやかされている感じ

*3:死者数何千人、という単位でしかないような

*4:それでひいては紛争や戦争も起こるわけで…