やっぱり、ここが楽園『ファミリー・ツリー』

予告を何回も何回も観ていました。町山さんのラジオのコラムでの紹介もかなり前に聴いたし、やっと公開かぁ、という感じで観に行ってきましたよ『ファミリー・ツリー』。アレクサンダー・ペイン監督の作品は未見でしたが、今作を観て過去作も観たくなりましたね。
ハワイで暮らす弁護士のマット。仕事と祖先よりうけついだハワイの広大な土地の管理などに忙殺され、家族とのかかわりが薄くなっていたが、妻がボート事故で意識不明の重体となり、彼女の生前の“尊厳死を希望する”という意思の尊重のため延命装置を外すこととなる。彼女と過ごす最後の貴重な時間…しかし娘たちとどのように接すればいいかの困惑、土地の処分の問題に頭を悩ませるマットに、妻が浮気していた事実まで降りかかってくる。マットはひとつひとつ問題に向き合っていくのだが…
きわめて地味です。確かに妻の事態は大変なことなんだけれども、妻の事故や緊急搬送のようなドラマティックなところは描写せず、冒頭は、病室のベッドに横たわっている妻と対峙する夫のマット(ジョージ・クルーニー)という描写からはじまる。一番欲しいものや答えを与えてくれるはずの相手はなにも応えてくれない。絶対的な沈黙の前に右往左往するマット、というこの映画の基本がここの描写にあるのですよな。
ある種、妻は神さまみたいですよね。ヨブ記の神のように理不尽とも思える過酷な試練をマットに与えているみたい。あるいは仏とか、ギリシャの神さまとか。神さまを恨みたくなるような、ある種理不尽ともいえる試練が与えられ、そこで自分を見失わず、ものいわぬ:いるのかいないのかも分からぬ神さまを信じて試練を乗り越えていくことで、生き続ける力を増すことができる。まるで不在であるかのように反応はなんら示してくれない存在なのに、それは自分を見守っているような、やはり愛を感じずにはおれないような、信じたい、信じることをやめるとなし崩し的に自分の輪郭も危うくなるような…そんな心の拠り所。妻はそんな存在をこの映画において占めているのだな、と思いました。
そして、残された少ない時間なかで、自分と妻との関係や愛を確かめ、子どもたちと関係性を互いに確かめ合い、そうやって自分のこれからの先の人生を得るために、マットはもがいて駆けずり回っている。みっともないほどにジタバタする。でも、そんなマットだからこそ、こころの距離が遠ざかっていた娘たちとも近づくことが出来たんだとおもう。あと、いろんな感想でも指摘があったけれど、長女アレックス(シャイリーン・ウッドリー)のボーイフレンドであるシドの存在が出色でしたね。最初はムカつくヤツでしかなかったシドが段々頼もしく思えてくるし、彼なくしてはマットの困難な状況も乗り越えられないように思えてくる。こいつ結構いいヤツじゃん!「イマドキ」の若者でもちゃんと人の気持ちを慮ることができるし、支えになることができるんだよ、と。そういう人物の奥行きのある成長をきちんと描いて、観客の人を見る目も成長させるこの映画はいい映画だと思った。
地味なんだけど、人物を丹念に描いて、過剰にドラマティックにもせず、100%悪いヤツなんていない世界。浮気相手だって悪いヤツじゃないし、彼にも大事なものはあって、でもつい浮気してしまう隙があって…そう完璧な人間なんていないものな。まさに人間ドラマだな、と人生の機微を描いてこんなに気持ちが良いとは、と感じました。
ハワイの美しい土地、景色、そこに生きる人間たちのジタバタもがきながら生きている美しさやいとおしさ。ラストシーンのさりげないショットに思わずしれず涙がこぼれましたよ。あと自分もあの奥さんみたいな最後がいいな、とも思いましたね。ハワイの海はいいね(行ったことないけど)。
ファミリー・ツリー』(2012/アメリカ)監督:アレクサンダー・ペイン 出演:ジョージ・クルーニー、シャイリーン・ウッドリー、アマラ・ミラー、ニック・クラウス
http://www.foxmovies.jp/familytree/trailer.html
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD19610/index.html