『トガニ 幼き瞳の告発』

 観ようかどうか正直迷っていました。予告を観て、重そうだし、まして障害を持つ子への児童虐待となると暗澹たる気持ちから立ち直れないんじゃないかと思って*1。ところが実際観てみたら、目を背けたくなるようなことも描かれているのだけど、ちゃんとエンターテインメント映画になっていていい意味で予想と違いましたね。
聴覚特別支援学校(全寮制)でもの言えぬ子らに虐待をするという行為がこれでもか、と描かれるのですが、劇映画であるからにはその子らを救うキャラが投入されるわけです。それが、コン・ユ演じる教員イノです。学校を舞台にした映画で、教員が古い体制に縛られた子どもらに対してなんらかの新風を吹き込むことで学校全体の体制にまで変化を生じさせる、というのはよくあるパターンで『いまを生きる』『コーラス』『スクール・オブ・ロック』なんかもそうだな、今挙げたような映画って、先生は一芸に秀でていて、それを活用してこどもたちを変えていく。でも、今作は旧体制の打破でもなく、閉鎖的空間=学校での圧倒的力関係の下での強者→弱者の虐待の構図からこどもらを救う映画なわけで、それには一芸には秀でてなくてもよくて…そんな普通でない閉鎖空間の常識に染まらずに、普通の感覚を持ち続けることこそが重要なのです。
イノは絵では食えないから、コネでなんとか教職にありついた。裕福ではない生活で妻を早くに失い、娘も病弱である。今回の就職にあたって校長から心づけを要求され、多額の心づけを母は家を売り払って用意してくれた…もう後がないという弱い立場の者だ。学校において虐待の事実があること、そしてそれを隠蔽する体質があることに気づいた主人公が子どもらを救おうと動くことで、物語は展開するわけだけど、彼の行動原理は正義を実行する、といったような大仰なものではない。ただ、ある夜、学校のトイレからきこえてきた叫び声−トイレの扉の向こうではおぞましい性的虐待が行われようとしていた。それを彼は気にかけながらも、救ってあげることができなかった。自分の手で救えたかもしれないのに、そうできなかった。目の前の痛めつけられた子どもを救いたい。それだけだからこそ彼の気持ちと行動に折れない芯を与えることになると思う。彼自身は職を失えば苦境に陥ることはわかっているのに、彼は目の前の傷ついた子の手を握ることを絶対的に選択する。
 コン・ユの感情を押し殺し静かに耐える演技がよかった*2。そんなもの静かで強い彼に対して、激情パートは人権センターの幹事の女性ユジンに担わせている…ってそれはそれで定型な描写だな、と思うんだけど、物語がすすむにつれその彼女もだんだんと変わっていくところがいいと思う。飲んで車をぶつけて人のせいにしたり、恋人がいない不満を言い、幹事の給料でなんとか食べてる、と言ってた彼女の行動にも芯ができてくるという感じ。
 終始物静かで言葉数が少ないながらも、思いの深さを感じさせていたコン・ユ演じるイノが、感情を発露するラスト近くでひとつのセリフ。弟の死の原因となった虐待教師への復讐のために死んだ男の子。彼の名前はミンスです、聞こえないし話せません。彼を忘れないでください、といい続けるのは、目の前の命を救いたかった、それができなかったことへの悔い。イノの行動原理のブレない芯をここにも感じたな。
と、ここまで書くとただただ重いだけみたいだけど、それだけじゃなくて、心づけの額を提示する行政室長の5本指をひらいた手のひらにハイタッチをかますコン・ユ。ランの植木鉢で児童虐待最低教師パクをガン殴りするコン・ユ*3。双子校長らのおもしろおとぼけエロフェイスを始めとする悪役連中の韓国映画安定のクオリティ。執行猶予がついてクラブで打ち上げする最低野郎どもの打ち上げ感。
ただ、子どもらの人権を考えると、TVでの証言にはモザイクがかかるべきだろう、とか証人として裁判で発言するにしても囲って見えなくするだろう、とかそれはちょっと思ったけど、実際のところ韓国ではこんなことあるのかな?
力や狡猾さに屈せず芯の通った行動をすること。これは難しい、自分なら、くさくさしてしまうだろうし、あきらめてしまうんじゃないかな。でも「世界が自分を変えないために戦うこと」がなにより重要なこともあるんだ、というのはとても心に残ったし、強烈なメッセージとエンターテイメント性同時に成立させている映画だなぁ、と感じ入りましたよ。
『トガニ 幼き瞳の告発』(2011/韓国)監督:ファン・ドンヒョク 出演:コン・ユ、 チョン・ユミ、キム・ヒョンス
http://dogani.jp/
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD21405/index.html

客席は韓流ファンらしき2〜3人連れ立った女性らのほか、聴覚障害者の人も目立ちましたね。

*1:また、障害を持つ子らへの体罰や性的虐待等の問題って実際たまに報道されたりもしますしね

*2:ただあまりに理想的すぎる人物像には感じたけど。世の中にはそんな人もいるのですよね

*3:鉢から石がパラパラ落ちるショットがよかったな