国語教科書でのUMAとのファーストコンタクト『やまなし』ほか

小学生の読書の定番リストに今も宮沢賢治は入っているんでしょうかね?自分が小学生の頃に学校を通じて販売があっせんされていた明治図書の小学生向けの文庫で購入を申し込んだのは“宮沢賢治”“エドガー・アラン・ポオ”“芥川龍之介”でした。ポオの『黒猫』『アッシャー家の崩壊』とか大好きでした。芥川の『鼻』や『蜘蛛の糸』も何回も読みました。でも一番多く申し込んだ本は宮沢賢治でした。
宮沢賢治ではじめて読んだおはなしは小学校の教科書に載っていた『やまなし』です。これを読んで、頭のなかが「?」でいっぱいになったことを覚えています。冒頭の「小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。」という文章の全体イメージが、まずわかりません。と、続いて蟹のきょうだいが登場・・・謎の“クラムボン”の話題に夢中。“クラムボン”てなに?謎すぎる。なんの説明もなく所与のものとして“クラムボン”という日本語とも何語ともわからない言葉が登場するのが不思議でしようがありませんでした。しかも“クラムボン”の正体はおいてけぼりのまま次のようなことだけがわかる
クラムボンは「かぷかぷ」と笑うらしい
クラムボンは跳ねて笑うらしい
クラムボンは殺されて死んだらしい
クラムボン複数いるらしく、死んでないものいるらしい
クラムボンが笑ったり、死んだりした理由はわからない
1枚目の幻燈はとりあえず謎の“クラムボン”と「かぷかぷ」という語感の不思議さによって自分の頭の中が満たされて終了します。“クラムボン”の謎はスルーのまま、2枚目の幻燈がはじまる。おはなしの題名にもなっている“やまなし”が登場。「トブン」とおちて水の中に入ってきた“やまなし”が「ぼかぼか流れ」ていくのを追いかける蟹3匹。いいにおいのする“やまなし”がもう二日ばかりしたら沈んでいいお酒ができるからね、といって自分たちの穴に帰るところで終了。
教科書で『やまなし』を読むまでの自分は、おはなしには始まりがあって、終わりがある。物語中にいろいろな出来事が起こっても、なんらかの形でおさまる。謎が提起されれば、解決される、と思っていました。物語の中の世界は白々と明るくて、すべてオープンであって、分からないこと、未知なこと、知りえない領域などないと思っていたのです。それが、『やまなし』は謎だらけ。“クラムボン”の説明も無し。“やまなし”が流れて、それがどうした?・・・そのわけのわからなさに触れて、戸惑いを感じつつも、「かぷかぷ」とかいった擬音の不思議さに心惹かれる。“なんだかよくわからないけどオリジナルなもの”に出会って自分のなかに巻き起こった「?」の嵐や、小学生の自分には全ては理解しがたい表現なのに、やたらと美しいイメージが喚起される文章(たとえば2枚目の幻燈の最後の文章「波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又金剛石の粉をはいているようでした」など)に触れて、おはなしの終わりにカタルシスはないけど、“謎”や“不思議に惹き寄せる力のある語感”で満たされた作品もあるということに、ぼんやり気づいた。
宮沢賢治の残した物語群は決して心地よい世界ではない。全然、牧歌的ではないし、昨今のエコ的な何かとか、森ガール的文脈に取り込まれないものだと思います。捕食しあう関係(『やまなし』での、さかな、クラムボン、かわせみ)のシビアさもよく描かれている。捕食といえば、『注文の多い料理店』も最高ですね。これって、ジュネの『デリカテッセン』的な風味もあるし、ホラー映画で森の中で迷って一軒家にたどり着く、という死亡フラグが立つシチュエーションと共通するようなところもありますね。・・・こんなふうに、絵が浮かびやすい物語がおおかったし、声に出すと気持ちの良い文章も多かった(「キック、キック、トントン」(from『雪渡り』)とか)。そんな彼の作品群を読むきっかけになった教科書の『やまなし』に予備知識なしに最初に接することができてよかったな、と思います。
ところが賢治の作品の中で、そんな予備知識なしの出会いを果たせなかった作品もあるのです。『銀河鉄道の夜』です。「孤独な少年 ジョバンニが、友人カムパネルラと銀河鉄道の旅をする物語」(from wikipedia)。物悲しさに満ちたこの作品は、先生に天の川のことを聞かれる場面やジョバンニが活版印刷で活字を拾うところ、ケンタウル祭の夜に寂しくたたずむジョバンニの姿、星めぐりの場面、どれも印象深く描かれた名作です。だけど自分の中では孤独な少年ジョバンニも、カンパネルラも猫の姿なのです。二足歩行して、人間の洋服を着ている猫なんです。というのも、昔に作られた映画版『銀河鉄道の夜』がますむらひろし氏のデザインの猫バージョンでして、その映画は観ていないのに、なぜかその猫のジョバンニたちの絵を賢治の原作を読む前に目にしてしまったので、ジョバンニもカムパネルラも猫姿でインプリントされてしまいました。それがよかったのか、悪かったのか・・・。今思い出しても、二人は猫の姿でしか出てこない。この作品について、この「猫刷り込み」をされた人って、ほかにもいるんかなぁ。でも、観てみたいな、猫の『銀河鉄道の夜』。こうなったら決定的に猫イメージで固着化してみるか。うん、それもいいかも、なんてところで。

『やまなし』宮沢賢治
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/472.html
銀河鉄道の夜宮沢賢治
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html
銀河鉄道の夜』映画版
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005YWD5/