松尾スズキ映画『悪人』
映画の撮影中から撮影現場を出したり、キャスティング発表をメディアの情報に載せて宣伝していることがありますね。今年公開された『悪人』は、キャスティングの段階で、「あの妻夫木くんが初の悪役挑戦!」といった感じでヤフートピックに出たような気がします。そのうち公開直前のステキなタイミングでモントリオール映画祭の助演女優賞を深津絵里さんが受賞、っていうの一報が入って、世間的注目も集まりましたね。というわけでミント神戸の映画館は一番大きいハコが満杯でした。原作未読、事前情報はほとんどない状態で観にいきました。
いいところはいっぱいありました。冒頭に妻夫木くんが、出会い系で知り合った満島ひかりちゃんに会いに行って、すっぽかされて、押さえきれない怒りで顔面が豹変するところ。この場面で妻夫木くんの役者としての気合を感じました。満島さんが、本当のところは彼氏とはいいきれない関係の岡田将生くんのことを友達には彼氏っぽく吹聴するところ。その岡田くんが満島さんを足蹴にするところの鬼畜っぷり(しかもその時、にんにく入り料理を食べた満島さんにむかって、「臭いんだよ」っていう鬼畜っぷり!くさいって、女性に対する最低の傷つけワードのひとつでは・・・)。足蹴にされた満島さんのところに現れた妻夫木くんのおどおどした様子と、その妻夫木くんにいろんな感情が入り混じって理不尽な鬱屈を爆発させてしまう満島さん。娘を失って、やり場のない思いに身を捩じらせ言葉もでない宮崎美子さんの演技。その他もろもろ…うん、そう、『悪人』って役者さんの演技がよかったのですよ。
その中でも最高すぎたのは松尾スズキさんです。田舎でちょっとした会場を借りて健康道場というかセミナーというか・・・そこで「先生」と呼ばれるスズキさん。“うさんくさい”の6文字を人型にしたら、きっとスズキさん演じる先生になる、と思いました。おばさん方に持ち上げつつ、くさしつつ、ネタにして、自分の思うお話の流れに巧みにひきこんで“うさんくさい何か”を売りさばく。この先生の話法って、毒蝮さんとか綾小路きみまろ手法ですよね。外見的には笑顔で男前じゃないっていうのもポイントです。男前より“人のよさ”が大事。そして先生はセミナーに遅れてきた人には“あなた”のことを待っていたよ、といってあげるんですが、これまた重要だと思います。誰だって、自分が大事。自分のことは忘れられたくない、かまって欲しいし、誰かに必要とされたい。映画の中の固定化した田舎の環境で、新たに「外」からきた訪問者に、第三者的な人=コミュニティの外からの訪問者(マレビト的存在)からその存在を認められる、って素直に嬉しいと思う。いや、誰だって嬉しいはずだよ。誰しも認められたり、ましてや誉められたりしたら、心が満たされるでしょう。そのためにお仕事したり、なにかを創作したりしてる側面はあるものなー。
そのスズキ先生は自分の事務所を訪れてきた樹木さんを前に態度豹変、悪徳っぷり全開。この演技がまた素晴らしすぎる。や、あなたのことなんか全然どうでもいいんだけど、金づるにしか思わないし、といった具合。そんな痛手にあった樹木さんの虚脱っぷりもよかったです。これって本当の人との触れ合いを求めていた妻夫木くんが満島さんに裏切られるお話をサイドストーリーで強化している面もあるし、田舎での悪徳な業者のしぶとい跋扈ぶりを粘着質に描くことで地方の閉塞感?みたいなものを一挙にスクリーンに充満させる効果があったと思う。
なんでこんなにスズキ先生のことばかり書いてきたかというと・・・妻夫木さんは全然“悪人”じゃなかったからです。この映画での結構な“悪人”はスズキ先生です。岡田くんも“悪人”じゃないです。後半にいくほど岡田くん演じる金持ちの坊ちゃんがステレオタイプ的なヤなやつ類型に収束させられてしまって物足りなくなるのに、スズキさんの“悪人”っぷりはキラキラしていました。
主演の二人は妻夫木さんも深津さんもきれいすぎる。映画はリアルじゃなきゃ!という点に固執はしませんが、あまりにきれいすぎ。出会い系でであう二人があのルックスって、なぁ、うん・・・。
というわけで、この映画はスズキ先生の映画、かつ、妻夫木くんが人殺しの犯罪を深津さんに告白するのにイカ料理店を選んで、回想場面がクローズアップした死んだイカの目に浮かび上がることで始まった、という2点で自分の中に刻まれました。そんなディテールが刻まれたということは、結局いい映画だよ。そう思います。
『悪人』李相日:監督 妻夫木聡:主演
http://www.kinejun.jp/cinema/id/41164
素敵な演技:松尾スズキ氏